05
「お前、幸せか?」
「にゃーん」
「そうか…。」
さすがの僕も猫語はわからない。彼女の言葉を思い出すと、きっとこいつは「そうだよ」って言ってるんだろうな。なんとなく始めたこの仕事だけど、ああいう風に褒めてもらえて、モチベーションは上がりまくりだ。今なら何連勤でもできそうだ。って冗談だけど。社畜になるのは勘弁。
「一松君、ありがとう。」
「いいえ。これくらいおやすい御用です…。」
溜まっていた洗い物を済ませて、僕は猫たちの元に戻る。猫カフェといえば接客メインの仕事に思えるが、もちろん僕は接客はしない。というか、この僕にできるわけない。店長は采配が上手い人で、僕には待機中の猫の世話と、キッチン、それから、その他雑用を任せてくれた。裏方はまさしく自分の居場所って感じる。
「おつかれさまでしたー。」
週に4回、朝から夕方まで。たまに1回多い時もある。休みは不定期だけど必ず週2で休みはあるし、なかなかいい職場に巡り会えたものだ。思い返してみれば、おそ松兄さんが紹介といえどもなかなかの大手企業に就職したことにより、僕も働きに出る決意をした。というか、兄弟一斉にニートを卒業した。今では6人揃うことも少ない。
あの頃は、たのしかった。けど、今は生きているなって実感がすごく残る。
「一松くん、」
唐突に呼ばれて、ぴくりと思わず肩が上がった。この声はこの声は、耳のいい僕には誰のものかすぐにわかってしまう。違う、彼女の声だから、だ。
「今帰り?」
「うん。」
「私も!一緒に途中まで帰ろう!」
「うん。」
なにこれ、こんな偶然初めてだ。確か彼女は僕と正反対で接客業の仕事をしてる。さすがにどこに勤めてるかまでは知らない。調べようと思えば調べられるけど…。彼女の職場を知ってしまったら、絶対行きたくなってしまうから…そこまでいったら完璧ストーカーの部類だ。彼女にとって、迷惑な存在にだけはなりたくない。
「猫カフェたのしかったね。この前は私のわがままきいてくれてありがとう!」
「いや、別にいいよ。」
「また、えるちゃんに会いたいな。」
「いつでもどうぞ。」
「いいの?」
「うん。」
なんかさーもっと気の利いたこと言えないの!さっきから彼女の問いに答えてるだけじゃんかよ!このままいくとまた無言にぶち当たるだろう。でも、話題ってなにいえばいいの。僕の世界はなまえさんと猫で成り立ってるから、それ以上なにもでてこない。
君と同じ名前の白猫の話する?でも、名前がばれることを考えると言い出せない。
君のことがどれだけ好きなのか語ればいい?くそ恥ずかしいこと、できるわけない。
「おそ松くんは今日も帰り遅いのかな?大変そうだよね」
「あーあいつなら大丈夫だよ。」
「おそ松」という単語を聞いた瞬間、明らかに不機嫌そうな顔をしてしまった僕はアウトー!どっかの年末番組のように誰か僕に罰ゲームをしてくれ。
彼女も察したようで、困惑してしまった。なにしてんの、こんなところで嫉妬してどうするの。なんとか仕切り直したくて、話題を変えたいのに、頭が真っ白で機転はきかない。
「……一松くんはさ、今、幸せ?」
「え?」
「この前、私にそう言ってくれたじゃん?」
「うん、言った。」
「私、あれから考えちゃってさ」
「うん。」
「これでいいのかなって。」
違和感はやっぱり的中していた。彼女は何かに悩んでる。それがおそ松兄さんとの婚約が原因なのかはわからない。そもそも、おそ松兄さんとなまえさんは僕と同じようについ最近までただの幼馴染だったはず。隠れて付き合っていた形跡もない。なまえさんのことを見続けてきたから、それは確信してる。おそ松兄さんはなまえさんのことを大好きだろうけども、それが恋愛感情としてなのかも曖昧なところだ。
全て突然だった。
「………なにに悩んでるのか知らないけど、自分に素直になるのが一番いいと思うよ。」
それは僕の教訓だから。彼女には僕みたいに感情を殺して、ただ見てるだけの脇役の人生を送っては欲しくない。ちゃんと好きな人と結婚して、子供つくって、絵に描いたような幸せな人生を歩んで欲しい。
誰かに取られるのは癪だけども、僕は君が心から幸せならば、この嫉妬心も殺してしまえると思うよ。
あ、でもやっぱりおそ松兄さんには取られたくないな。
「ありがとう、一松くん!」
「どういたしまして。」
幼馴染だからといって家が隣同士なわけじゃない。あれ、漫画やドラマだけの話でしょ。分かれ道に差し掛かり、君は僕に「ばいばい」と手を振ってくれた。僕の好きな笑顔付きで。
僕も控えめに手を振る。君の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと、僕はそこに突っ立っていた。