03
「一松くんのお友達だよね!こんにちわ!」
「にゃーーん」
なまえさんの細い指が、白く丸っこいものを優しく撫でる。今だけは猫になりたいと願ってしまった僕は変態なのだろうか。いいやきっと正常だと思う。無条件で彼女に触れられるポジションほど羨ましいものはない。しかし、こいつは彼女の指をペロペロ舐め始めた。俺も舐めたい……なんて、それはさすがに冗談。
「名前はあるの?」
「猫。」
「それ、名前じゃないよ!」
くすくす笑う彼女の笑顔が眩しくて、僕の真っ黒い心を照らしてくれる。そうそう、なまえさんは笑う時こういうオーラを放つんだよ。そして、そんな笑顔に僕はベタ惚れしている。久しぶりに見る姿をしっかり焼き付けようと控えめに見つめていたけど、なまえさんは猫と遊ぶのに夢中だ。
実は名前あるんだよ、そいつ。呼んでないけれども。君と同じ名前……なんて、恥ずかしすぎて口が裂けても言えない。末期だよなと自分でも思うくらい。
…僕が彼女の異変に気付いたのは、おそ松兄さんとなまえさんが婚約したと両親から報告を受けた後。他の兄弟は盛大に祝いの言葉を発していた中、僕だけはただ無言でその話を聞いていた。同時に失恋を初めて経験した。
あれは1週間ほど前のことで、なにがどうしてこうなったのか経緯を一番知りたいのに、当人と親以外は誰も知らない。きっと、聞けば答えてくれるのだろうけど、僕にそこまでの積極性はないから。
「…ねぇ、なまえさんは今幸せ?」
「え?」
「なんでもない。」
なに意味深なこと聞いてるんだよ。
僕はそろそろこの気持ちを自分で制御できなくなってきたのか。無意識に溢れた言葉を上書きするため、それよりもおそ松兄さんは何処に行ったの?と話題を逸らした。
「あそこのね、コンビニのトイレに行ったきり帰ってこないの。」と呆れた顔してるけども、おそ松兄さんだからしょうがないことはよくわかってる。あの自由人め…。
かれこれ30分は戻ってこないのだと、一体なにを食べたんだ?おそ松兄さんのことだから期限切れのものに手をつけたのかもしれない。これは人のお菓子を散々盗み食いしてる罰だよ。つーか、トイレと友達になってそのまま一生帰ってこなくてもいいのに。
「…ごめんね〜なまえ!いやぁ〜〜出た出たー!う◯こで過ぎてお尻痛いくらいだ!
あれ?一松なんでここに?」
能天気な声が聞こえてきて、思わずチッと舌打ちをしたくなった。幼馴染といえども、女子になんつーこといってんだろうかこの男は。しかも、デート中だろう?デリカシーというものがなさすぎ。なまえさんのこと大事にできないなら、消えればいいのに。だんだんとおそ松兄さんに対しての心の中での暴言が増していく。
「……別に。ちょっと散歩してただし、帰る。」
「えーーせっかくだから、お前も一緒に行こうぜっ?!」
は?なにが嬉しくて、好きな女子とくそ兄貴のデートについていかなきゃいけないんだ。僕からしたらメリットなんて一つもない。
きっと、自身を焼き殺してしまいそうな、今以上の嫉妬を抱えることになってしまうのだろう。そう簡単に予測できるのに、「いいよ。」と答えていて、我ながら馬鹿だなと思った。