おかやきもちもち | ナノ




01

「一松くん。」

その声が好き。その白くて傷一つない肌が好き。さらさらの黒髪も、笑うとできるえくぼも。大きな少し褐色の瞳も。長い睫毛も。細い手足も。全部全部好き。きっとこれ以上、人を好きになることはないのだと思う。この僕が1人の女性を好きになることすら奇跡だった。ただ、彼女が薄ら笑うだけで、僕の心は救われるようで、まるで花に誘われる虫ケラのような気分だ。それが例え、別の誰かに向けられたものだったとしても。僕のものにならなくていい、そこに咲いてるだけでいい。

最初から、叶わない恋だった。



「……おそ松兄さん」
「ん?」

それ、僕のお菓子なんだけども。ぼりぼりとポテトチップスを頬張る長男に思わず苛立ちを感じるものの、今回は見逃すことにした。
六子の長男とあれば、誠実でしっかり者だと世間は思うのではないだろうか。だけど、こいつは違う。体調不良で寝込んでる弟たちの財布を平気で持ち出すし、定職に就いたのも25歳過ぎてから、それまでニート。(それは僕もだけど)弟を優先なんかしない1番は自分だと思ってるし、思いやりなんて全くないし、とりあえずむかつく。俺のものは俺のもの、お前たちのものも俺のもの精神。ってジャイアンかよ。
カラ松の次に死ねと毎日思ってる。いや、今は1番かもしれない。多少私情が紛れているのはスルーしてほしい。

おかげで、僕の心は前にも増してどす黒い。
黙り込んでいたおかげで、おそ松兄さんは不機嫌そうにしている。


「あのさー俺、忙しいんだけど。用件なに?」
「…………なまえさんのことなんだけど、彼女最近元気ないよね。」
「んーそうかー?別に変わらないだろう。」


その瞬間、興味なさそうに再びその手は黄色い菓子の袋へと延びる。ポテトチップスの砕ける音だけが耳に残る。

「なになに、お前、もしかして、あいつのこと好きなの?」と終いにはケタケタ笑い出すおそ松兄さんにぐつぐつと腸が煮えくり返る。
人に興味がないといいつつも、自慢じゃないが自分の人間観察力はなかなか優れている。先日の六子との食事会の時、なまえさんは目だけが笑っていなかった。彼女が笑うと溢れる輝やきのようなものが失われた。彼女の様子が変わったのは明確だ。

僕はそんな答えが聞きたいんじゃない。
彼女がなにを求めているのか、1番に察してやらないといけないのは、こいつなのに。乾いた音が、咀嚼音を遮った。

「いってぇなぁぁ!一松ううう!こらぁぁ!」


怒声が鳴り響く。そのいい加減さが許せなくて、無言で一発顔面を殴って、脱兎のごとく部屋を後にした。



自分のことは今は棚にあげるけど、どうしようもない人間のクズのおそ松兄さんが
なんで、こいつが、なまえさんの婚約者なんだ。


だからといって、長男になりたいわけでも、僕が彼女の伴侶になりたいわけでもない。



誰にも伝えることのできない、このもどかしい気持ちを押し殺したまま、それでも、僕は、君に会いたいと願ってしまうんだ。

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