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夢だろうか?なまえさんが僕のこと好きとか、冗談だろう。なにをどうしたら、そうなるわけ?だって、この僕だよ?なまえさんから逃げに逃げまくった、この僕だよ?彼女のこと笑わせることも、励ますごとも、彼女のためになることを一つもしてこなかった。
でも、彼女が嘘をつくなんてありえないことだと思う。心の中に浮かぶ靄を取り除く術を僕は知らない。
そのあとも淡々と時間進んで…わからないまま、挙式の日はやってきてしまった。小さな教会を借りて、僕たち、お互いの両親、なまえさんが久しぶりに揃う。
「おそ松兄さん、似合ってるね。」
「かっこいーねーーおそ松兄さん!!!」
「俺は何でも似合うんだよ!というか、俺ら六子だろ!みんな一緒じゃん!」
白のタキシード姿が似合うってのは、それは人としても成長したからだろう。
チョロ松兄さんが言いたかったのは、そういうことだと思う。悔しいけれど、僕が着た時よりも何倍も様になっていた。僕の時は着せられてる感満載だったから。おそ松兄さんには、敵わないと思い知らされる。
こちらの準備は整った。あとはなまえさんを待つだけとなったのだが、勢いよく開けられた木製の扉。大慌てでカラ松とトド松が飛んできた。
「ブラザー大変だ!なまえが!」
「なまえちゃん逃亡したって!」
「は?」
朝、なまえさんに会った時は特に変わった様子はなかったはず…。きっと誰しもがそう感じていた。
だから、2人の発言に、耳を疑う。着替えはすでに済んでいて、最後に目撃したのは手伝いをしていた僕たちの母さん。なまえさんは「少し外の空気吸ってくる。」と残して、そのままどこかへ行ってしまったとのこと。この建物内から姿を消して、小1時間。あの格好だから、そう遠くまではいけないはず。それとも、なにか事件に巻き込まれていないだろうか。こんな時なのにマイナスな思考ばかりが働いてしまう。
「…探しに行ってこいよ、」
おそ松兄さんのその言葉を向けられたのは、カラ松でも、チョロ松兄さんでも、十四松でも、トド松でもない。
その瞳はただ、1人僕だけに向けられていた。意味わからないんだけども、普通は新郎が迎えにいくだろう?彼女はお前のお嫁さんだろ?
「なんで、僕が、」
「お前、この状況でもそんなこと言ってられるのかよ!」
「関係ないし、」
「……なあ、なんで、なまえがいなくなったんだと思う?
お前、本当に心当たりないわけ?」
「………。」
僕たちの長男はやけに勘が鋭い。それは野生的なあれで、なんでもお見通しだった。
確かに心当たりはあった。でも、それが直接の原因かはわからないじゃん。
僕の無言を肯定と捉えたのか、なぜかおそ松兄さんはタキシードを脱ぎ始めて、他の奴らは困惑している。いや、本当に意味わからないんだけども。
「これを着るのは、俺じゃない。」
「……………。」
「お前だよ、一松。」
上半身裸の男にタキシードを差し出されるのは、外から見たら異様な光景なのは間違えない。だけど、僕たちの間を流れる空気は緊迫していた。
本当にこれを手にしていいのだろうか?本当に僕でいいのだろうか?自信がないゆえに、ここまできて、まだ迷ってしまう。
「お前のことは正直どうでもいいよ。じゃあ、なまえが好きなのはだれ?言っとくけど、俺は告白されてないけど、」
…………一松くんが好きだよ。
彼女は僕に気持ちを教えてくれた。夢じゃない。確かにあれは現実。
それなのに、僕はまだ好きとすら伝えていなかった。彼女のこと支えられるのかとか幸せにできるかとか難しいことばかり考えていたけれども、そうやって遠回りしてしまったけれども、答えは案外単純だったのかもしれない。
それに気づくのにどれだけ時間を費やしてしまったんだろう。不器用な自分が不甲斐ない。
「ありがとう、おそ松兄さん…。」
長男に貸しを作るのはやっぱり癪だから、今度好きなだけ奢ってやる。急いで衣装チェンジして、僕が向かうのはたった1人の元。指輪も花束もないけれども、この気持ちただ一つ抱えて、君を迎えにいく。
これが、一生で唯一の全力疾走になるだろう。
「…いいの、おそ松兄さん?」
「なんで、辛気臭い顔してるんだよ、チョロ松!」
「だって、おそ松兄さんだって、なまえのこと…」
「いいんだよ。俺はさ、誰かの不幸せの上に成り立つ幸せなら、必要ないと思ってるからさっ」
俺がここまで道作ってやったんだから、ちゃんとくっつかないと、許さないからな、一松。