おかやきもちもち | ナノ




08

「ねえ、一松。おそ松兄さんとなにかあったの?」
「別に。」
「いや、絶対あっただろう!あの雰囲気の中、晩御飯食べるこっちの身にもなってよ、だから、早く仲直りしなさい!」
「絶対無理。」

チョロ松兄さんの言う通り、周りを巻き込むのは悪いと思ってるけどさ、あー胸糞悪い。おそ松兄さんと同じ屋根の下にいることすら嫌だ。すたすたと冷たい廊下を歩き、靴に履き替えて、僕は外に飛び出す。もう、このくだり何回目?
深夜1時、友は寝ているだろうか、それとも夜行性の残ってる野良猫だから、走り周ってるかもしれない。


「…………なにしてるの。」
「一松くん…。」


前者だった。ベンチに座るなまえさんの膝の上に白いあいつは眠っていた。そっと、僕もそこに腰をかける。
この時間に外出してたら、おじさんとおばさんが心配するよ。でも、それよりも先に出てきたのは謝罪の言葉。「今日はごめん。」小さく呟く僕に彼女は「気にしないで。」と答える。……無理して笑ってるの、僕にはわかるよ。結果的に僕の存在が彼女を苦しめてるのか。
昼間、ここでおそ松兄さんとなまえさんの逢瀬というやつを邪魔してしまったことは、本当に申し訳ないことしたと思ってる。


「……ひとつ、聞きたいことがあるんだけど。」
「なに?」


今しかない。ずっと聞きたくて、聞けなかったこと。なんで、おそ松兄さんなのか、なんで急いで婚約なんてしたのか、いつ籍は入れるのか、式はどうするのか、住む場所は?なまえさんはおそ松兄さんのこと好きなのか、最近元気ないのはどうしてなのか。いざ、問おうとすると、ひとつじゃなかったことに気がつく。馬鹿みたいに逃げてきたから、こんなにも溜め込んでしまったんだ。毎日ひとつずつでも解消していたら、少しはなにか違ったのかもしれない。

…ひとつに絞るとしたら、これだけは聞かせてよ。


「……なまえさんはどうしたら、幸せになれる?」
「私は……」


白いそいつにひとつ、ふたつと雫が零れ落ちる。ぽろぽろと涙を流す彼女に、余計なことを口走ってしまったのかと内心焦った。「ごめん、なんでもない。」とまたしても逃げ腰になってしまう僕。かっこ悪い僕。
女の子の慰め方なんて知らない。あいにくハンカチも持ってない。おそ松兄さんだったら、お得意の冗談で簡単に涙を止めてみせるのだろうか。


「ねえ、一松くん、」
「なに?」
「……聞いて欲しいことがある。」
「いいよ、」


一本の街灯と、月の光だけが僕たちを照らしていて、静寂だけが辺りを包む。軽く深呼吸をし、なにから話そうかなと悩む彼女の横で、僕の心臓は音は静かに速まった。ごくり、生唾を飲み込む。

予想外の内容に、僕は自分がどれだけ愚かだったのか、逃げていたのか、思い知らされることになる。


「まずね、私のお父さん…もう長くないの、」


それは、彼女の父親の存在。僕にとっても自分の親同然の存在である彼が余命宣告されている事はもちろん初めて知ったこと。今日、帰宅中におじさんにたまたま会ったけど、そんな様子は微塵も感じなかった。きっと、あの人は本当の意味で強い人だから。

次に、おじさんは僕たちが幼い頃からなまえさんの花嫁姿を見たいと熱弁していたこと。 彼女が嫁に行くまでは、絶対に死ねないとよく笑っていたことは覚えてる。
そして、僕たちの父親のこと。それならば、昔約束した「自分たちの長男長女の結婚を叶えないか?」と提案したそうだ。くそな性格だけども、職の安定してる長男が相応しいのは、父親の判断が正しいと思う。
なまえさんも、おそ松兄さんも受け入れることにした。というか、ほぼ、強制的な部分もあった。


「おそ松くんのこと、大好きだよ。だけど、違うの。
ちゃんと、好きじゃないの。でも、もう時間がない。おそ松くんのこと、好きになれるかなって不安なの…」



「…大丈夫。」



なにが、大丈夫なんだよ。僕はおそ松兄さんの本音も知っている、なのに、口から出てくるのは正反対の言葉。



「おそ松兄さん、ああみえて、しっかりしてるし、うちの兄弟の中じゃ一番自立してるし、なにより、なまえさんのこと、すごく好きだから、」


「そっか……そうだよね、ごめんね、ありがとう。話聞いてくれて、」


ひどく寂しそうに笑う彼女の姿が、今でも目に焼き付いて離れない。

伝えると決意したはずなのに、簡単に壊れてしまうのは、僕が弱いせいなのか。
言えるわけない。僕が最後の最後に選んだのは、君から逃げることだった。

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