おかやきもちもち | ナノ




06

僕が彼女のことを好きになったのはいつだろう。考えてみても、よく覚えていない。なまえさんの初恋の時には、この嫉妬心は僕の中に生まれていた。あれは小学校1年生の頃。あの時はただ、自分の兄弟同然の存在を取られるのが嫌なだけだと信じ込んでいた。ただの独占欲だと。その初恋の相手の上履きを隠したのは、この僕だ。あの時は悪かったと、今更謝りに行きたい。

中学に入ると、男女の溝が出来始めて、なまえさん自身は変わらなかったけれども、僕の方が意識し始めていた。なまえさんは僕たちと違い、女の子だから。
呼び方も高校に入る頃には、なまえちゃんからなまえさんに変わっていた。
他の奴らは、呼び捨てか、“ちゃん”呼びなのに、僕だけ他人行儀。距離は縮まるどころか離れる一方だった。




「はぁ〜」
「どうしたブラザー?ため息なんてついて……なんだ?恋の相談ならこの俺が」
「うるさい、カラ松。」



兄弟の誰にも言えるわけない。吐露したところで笑い話にされるだけだ。下手したらあいつら本人にまで余計なこと言いかねない。
相手はおそ松兄さんの婚約者。敵いっこないってわかってる。
ただ、彼女の浮かない顔が忘れられなくて、できれば力になりたいとか勝手に悩んでる。僕のゴミみたいな力量じゃどうにもならないし、余計なお世話だろうけど。


「俺はちゃんと気づいているぞ、一松。」
「…………。」
「一松の努力次第だと、俺は思う。」
「………。」


シカトぶっこいてるのに、こいつはベラベラと話を続ける。なんなの、こいつ。何の話してるんだよ、いい加減死んでくれよ。
努力ってなんだよ、何の解決にもならないよ、そんなもの。
側にいると苛々が募りそうだから、扉を閉める時にばたんっとわざと大きな音を立てて、部屋を飛び出した。

この家も随分と居心地の悪い場所になった気がするのは、僕の心がただ単に捻くれたからだろうか。
さて、どこに行こうか。っていっても、僕の向かう場所は一つしかないのだけども。上着を一枚羽織って、ふらふらと目的地へと向かう。今日は一段と寒いから、あいつ凍えてるだろうな。そう思って、持ってきたホッカイロはポケットに入ってる。

だけど、白いあいつに出会う前に僕の足は止まる。そこにはすでに先約がいたのだ。



「なまえさ、」
「どうしたの、おそ松くん。」


なんで僕は気づかれないよう裏手に回って、そして二人の座るベンチの後ろ側の草むらに隠れているのだろう。聞きたくもない会話が聞こえてくる。いや、本当は聞きたいのか?というか、バカなのか僕は。
いくらなんでも、盗み聞きは最低だろう。もしも、ばれたら取り返しのつかないことになる。
僕はどれだけ、自分で自分のこと首締めれば気がすむのだろうか。目をつぶって、見て見ぬ振りしてれば、平和に過ごせるのに。僕はそんなに苦しみたいのか?

それにしても、二人の雰囲気は明らかにいつもと違う。これが、両思いの男女のものなのかはよくわからない。



「……少しだけ、進展しない?俺もさーこのままだとダメな気がするんだ。」
「具体的に?」
「じゃあキスでもしてみる?」
「え?」
「はい!するよ。」



ちょっと待って!と準備ができていない彼女に、おそ松兄さんは迫る。

まるで生き地獄だ。だれだよ、彼女が幸せならばなんでもいいだなんて思ってたの。嫌だ、嫌だ…見たくない。反復する思いに、僕は彼女が誰かのものになる覚悟なんて何にも出来ていなかったと思い知る。



「にゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」


なんで、猫の鳴き声なのかわからないけど、とっさに出た言葉がそれだった。我ながら上手いと思った。




思ったのだが、勢いつけすぎて実は立ち上がっていたことに気がついたのは、なまえさんと目が合った時だった。


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