くろばす | ナノ








※黄瀬がゲス瀬の最低野郎です






「恋人のことだけ覚えていない…?」

「おそらく、彼女と近い交友関係にいた方の記憶がないのでしょう。」



稀なケースですが、本人にとって強い印象…大事だと思っている記憶だけがなくなることもあるんです。と、医師の言葉に僕は口元が緩みそうでしょうがなかった。


これは神様がくれた贈り物だろうか。
君に片思いをし続けてきた僕への。

そう錯覚してしまうくらい、僕は君のことを想い続けてきたんだよ。
もう誰かのものである君を愛し続けてきた。


だけど、僕の気持ちを君は知らないだろう。

それも当たり前のことで、何故なら、今までそんな素振り一つも見せずに僕は何年も君の友人を演じ続けてきたから。
僕と君の関係…それはよく言われる、友人以上恋人未満というやつだろう。

なぜだか知らないけど、君は僕のことを大層信用していたようで、よく君の恋愛相談というものに乗ったりした。
君の彼氏の話を、黄瀬の話を嫌というくらい聞いたし、
それから、話すことが好きだった君と数知れないくらい他愛無い会話を繰り返してきた。
くだらないことですぐに笑ってしまう、感受性豊かな君が、僕にはとても新鮮で、珍しいもののようで。
些細だが、僕にとってはそれが全てで、心から大切にしていた時間で。

…だからね、本当は君の恋人よりも君のことをわかっている自信あるんだよ。
誰よりも君の事知っている。きっと自惚れではない。


そんな君は最近は黄瀬の女関係でよく泣いていたね。
浮気だとか何股していただとか。
芸能界の人間は所詮そんなものだろう。遊び人ばかりの集まり。
だが、それでも、黄瀬のことが好きで好きでしょうがない君は、これが幸せなのだと必死に言い聞かせていた。

君は本当に馬鹿な女だったよ。



「ねぇなまえ、僕のことも覚えていないの?」

「…ごめんなさい。」

「別に謝ることではないだろう。」

「それでも、覚えてなくてごめんなさい…。」


真っ白い病室のベットに寝ている君は、申し訳なさそうに、そう呟いた。
君の頭や腕には白い包帯がぐるぐると巻かれている。


先日、彼女は事故を起こした。どこにでも起こりうる、車との衝突事故。
普段から彼女はどちらかといえば危なっかしい方だが、
きっと黄瀬のことでも考えながら歩いていたのだろう。
それで、頭を強く打って、一部の記憶を喪失した。
「大事だと思っている記憶」を。


君はどうやら僕のことも覚えていないらしい。
つまり、君にとって僕も大事な人とやらに含まれていたということで、
それは、それで、なんとも擽ったい気持ちになる。


「…とりあえず、君が死ななくてよかったよ。」


もし死んでしまい、君と会話することすら叶わなくなっては、さすがに僕の心も堪えるだろう。
君のいない世界なんて想像すらしたくない。

傷を痛めないように、そっと彼女の頭に触れた。


指から伝わってくる感触に涙が出そうになる。
本当はこうして息をしているだけでも、奇跡なのではと思ってしまうよ。
それは過言すぎだろうか。

確かに彼女は生きている。僕の目の前にいる。
それさえ確認できれば、僕は満足だ。

ああ、そういえば、君はこうして頭を撫でてやるのが好きだよね。
そういう感覚は残っているようで、薄く笑ってこちらを見ている。



「あの…」

「なに?」


「あなたの名前…教えてください。」


「僕は赤司征十郎…」


君にとっては大事な友人。

それは、記憶がなくても変わらないものだと、そう思っていた。
僕は敵わない勝負にはでない性分なもので、彼女が恋人を溺愛していたのは承知していたし、
だから、今まで「奪ってやろう」だとか、そんな単線思考にはたどり着かなかったわけで。



「…あなたは、もしかして、私の恋人ですか…?」


君の穢れのない黒い瞳が僕を映す。

僕の中で、何かが崩れる音がした。今まで、何度も壊そうとして、躊躇ってきた何かが。
それは、もしかして、僕の弱さだったのだろうか。
それとも、君への優しさだったのだろうか。



「そうだよ、僕が君の恋人だよ…」



その小さい身体を初めて抱きしめた。
男の僕と比べて、全体的に細くて、温かくて、甘い匂いがする。


君の本当の恋人は、黄瀬はどうせここには来ない。
ワイドショーで騒いでいた女モデルとのスキャンダルに追われている真っ最中だ。
きっと、君のことなんて忘れているだろう。

あんな恋人のことなんて、一生忘れてればいい。



「愛しているよ、なまえ…」



だから、代わりに僕が幸せにしてあげるよ。
もう君の傷付く姿なんてみたくないから。
君には笑っていてほしいから。


この気持ちに偽りなんて、一つもないから。



「私、がんばって、早く、赤司さんのこと思い出すね。」


「ああ…がんばってくれ。」



彼女の笑顔が眩しくて、思わず目が眩みそうになった。


嘘吐きの恋人
(君の記憶が戻るときがこの恋の終焉だ。)




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某ゲームの影響と衝動でかき上げました。笑