くろばす | ナノ






※劇場版ラストゲームネタバレを含んでおります。







「……あいつは、もういなくなった。」


「そっか」

黛さんの吐き捨てた言葉の意味が、何を指しているのかすぐにわかった。だって、私も会場にいたから。バスケットボールはあまり詳しくないのだけども、日本チームを応援するために駆けつけたの。相手の金髪も目立つのに、久しぶりに見た赤髪にばかり目がいってしまう。周りに比べれば身長は可愛いものに思えて、でも私と並べばなかなかの差の彼。173センチ、AB型、誕生日は12月20日。赤司征十郎は私にとって大切な人だった。


「なまえ、次のテストで満点取れなかったら別れるよ。」

「そんな!」

「僕の彼女なのだからそれくらいやってのけろ。」

それはある日のテスト期間のこと。こんな言い様だけども、勉強を見てくれたし、結局、甘やかしてくれたっけ。

傍若無人、我儘お坊ちゃん。眉目秀麗、勝利に貪欲。それが私の知る赤司征十郎だったのに、いつからか彼は穏和な性格になっていた。突然、彼は周囲に愛想を振りまくようになって、私の心はただ違和感だけが残って。私だけしか知らなかった微笑がみんなのものになってしまう。それが少しだけ悔しかった。

彼が二重人格であることを知ったのは暫くしてからで、突然知らない人になってしまった彼を避けるようになったのは私の方。大好き
な人の手を離したのは誰でもなく私自身だ。




そして、私が恋した赤司征十郎はついに消えてしまった。




「征ちゃん、元気そうだったな…」


なんだか以前より大人っぽくなってたし。
姿はあるのに、もう彼の心は存在していない。会いたいと願っても会えないし、私のことを好きだと言ってくれた彼はもうどこを探してもいない。

泣いたところで彼は戻ってこないのに、勝手に溢れ出してきた。


洛山で征ちゃんと過ごした一年間が、まるで雪のように溶けてしまう。かき集めても、するりと手のひらから無くなってしまう。確かにここにあったはずの思い出も、彼と一緒に消えてしまったのでしょうか。





「……全く、お前は相変わらず泣き虫だね。」


差し出されたのは真白なハンカチ。相手の腕を辿るように目線をあげれば、ぴたりと赤色と目線がぶつかった。先ほどまでコートにいて、必死にバスケットボールをしていた彼が目の前にいる。


「征ちゃ………、」

慌てて口を噤んだ。征ちゃんだけど征ちゃんではない。わかってはいるのに、なかなか処理しきれない気持ちを隠して、「ありがとうございます。」と一言呟いた。


「…なんで、他人行儀なんだい。」

「え、」

「なまえ、」

その声に名前を呼ばれて、また涙は溢れ出す。私の涙腺とやらはついに壊れてしまったのかな。彼にしてみれば私は本当に小さいもので、あっという間にその腕に収めてしまった。私は知っているのだ、この温もりを。

恥ずかしがり屋の私を無視して、チームメイトの前でも平気でキスをしてきたり、なんどもなんども抱きしめてもらった。過去は確かに存在してた。大事にしてきたあの日々はあった。それを確認できただけでも、十分で。なんで逃げちゃったんだろう私。ちゃんと向き合えばよかったのに。そして、ちゃんと自分の手で終わらせばよかったの。綺麗な思い出のまま、あなたを残しておきたい。


「征ちゃん、今までありがとう。大好きだった。」


今目の前にいるあなたは私のこと好きではないのでしょう。彼と彼は別の人間だってなんとなくは理解してる。同じ人間なのに、別の人。なんだか、私はとんでもない人に恋をしてしまったんだね。

ぎゆうと抱きしめる力が強まった。



「……あいつと同じように俺もずっとお前のこと見てたよ。」

「うん、」


「俺はここにいるよ。何も変わらない。今までも、これからも。お前のそばにいる。」


その一言がずっとずっと欲しかったのだと、言われて初めて気がついたの。本当は繋ぎ止めて欲しかった。気にかけて欲しかった、そんなわがままな私。

遅すぎだよバカって呟けば、すまなかったってやっぱり征ちゃんらしかぬ台詞が飛び出した。



でも、もういいの。好きな人は今、目の前にいる。

どちらともなく、引き合うみたいに唇を重ねた。触れるだけでも、やっぱり気恥ずかしくて、紅潮する私とは裏腹に、征ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。

赤司征十郎はいつだって赤司征十郎なの。彼のこと、今度こそちゃんと受け止めてあげる。