くろばす | ナノ









秋風で、さらさらとクリーム色のカーテンが靡く。暑くもなく、寒くもない心地よいのよい放課後。

将棋部、部室の窓際では また、赤髪のあの人が将棋をしている。彼は確かどっかの部の主将だっけなあ。名前も素性もよくわからない。将棋なのだから、もちろん相方がいるわけで、そんな彼と向き合っているのは…見覚えのある顔。あ、今日の相手は同じクラスの緑間くんなんだ。見た目から醸し出す優秀臭(なにそれ)をお持ちの彼なら、確かに将棋も詳しそうだ。なんか将棋って頭いい人がやるイメージがある。

…だが、メガネを抑えて、とても怪訝そうにしている緑間くん。その表情から読み取れるのは、どうやら先手を打たれたようだ。あんな姿の彼は初めて見る。緑間くんといえば何事にも揺るがないマイペースな変人で有名だ。なのに…ちらりと、もう一方を見ると、やっぱり赤髪の彼は表情一つ変えていなかった。


でもこれは今日に限ったことじゃない。
いつものことだ。

彼は、いつも無表情で。
ゲームを進めている。


感情が顔に出ないお方なのかな。


一体なにを考えてるのか、馬鹿で単純な私には到底理解できないんだろうな。



そんな私にはもちろん将棋のルールもちんぷんかんぷん。けど、なんでだろうなあ。さらさらの赤髪も、整った顔つきも、姿勢も、すべてが絵になる人。こうやって、ここから、ぼーっとしながら、あの人の姿を見ているのが好き。



綺麗な手付きであの人が駒をさすたび、静かな空間に パチンっと弾く音が鳴る。その音を聴くのが好き。

……なんてね、向かい側の二年の教室から、覗いている私には、そんな些細な音は、聞こえるわけ…


「…ないのだよ。」


そう呟き、笑ってはいけないとおもったけど、ぷっ、と笑いが溢れてしまった。
にやにやと口元が緩む。前々から思ってたけど、やっぱり、この口癖やっぱりおかしいと思います。


「なのだよってなんなのだよ!」





「…何、一人で笑ってるの?」




「っ!!!!?」




教室には私しかいなかったはず、
なのに後ろから声が聞こえてきた。てゆうか、え。ちょ、もしかして、今のみられた!?


なのだよ、ってなにやってんだ私!



込み上げてくる恥ずかさを押さえて、振り向くと、それ以上に心臓がどくんと大きく一躍した。と、同時にかぁあああああと熱が昇る。

そこには一番見られたくなかった人が教室の入り口に立っていた。くすくすと笑っていて、笑っているとこ初めてみた。きゅんって心が締め付けられる。なにこれ。



「なななな、な、なんでここにいるんですかっっっ!?」



「うるさい、もう少し静かにしなよ。」



「あ…すみません。」



どこか棘のある言葉に私はしゅんと頭を項垂れた。驚きのあまり、声量を調整できなかったのだ。 部活が行われないこちらの棟はとても静寂。だから、いまの叫び声は相当響いたに違いない。この時間帯はまだ補習をしている人がいるかもしれないのに。


なんて、考える余裕などなくて、どきどきどきどき、と心臓はスピードを増して鼓動している。おさまれおさまれおさまれ!!と呪文のように唱えた。



「……で、あ、あの、どうしてここに、いるんですか?」


「俺がここに居てはいけないのか?」


「そ、そういうことではなくてですね……」



私が言いたいのは、今目の前にいる彼は、先ほどまで私が見ていた赤髪の彼であってですね、なんてゆーか、だから、その。 うまくまとまらず、言葉に詰まっていると、彼は何か察したようで口を開いた。



「将棋なら、さっき終わったよ。」


「あ、そうだったんですか、」



なんだ、終わってたのか。全然気づかなかった。そんなに緑間くんの口癖に夢中だったのか私。我ながらなにやってんだ私。失態に気づいてしまい、立ち去りたい気持ちが募る。
だけど、そんなのお構いなしに、彼は続けて言葉を紡いだ。


「……ねぇ、君、将棋に興味あるの?」


「へ?」


  
「いつもそこから、見てるよね。」



どうせなら部室にくればいいのにと、そう言って、彼が指差したのは窓際の私(勝手に言ってるだけ)の特等席。そう、いま、現在私が立っている場所。もうすぐ日が落ちそうな紫色のまざるオレンジの空が私たちをみている。



「え、」



頭がましっろになるとはまさにこれだ。


ちょっとまて。
もしかして、いや、もしかして。
これは、もしかして。
もしかしなくても、これは。え。



き、き、き気づていらっしゃったの!?


再び、かああああと音を立てそうなくらいに
顔が赤くなった。顔だけじゃない、全身熱い。 たぶん40度以上あるんじゃないかな(そんなわけあるか)ってくらい熱い。


なぜにこんなに体が熱くなるのだよ!!
って、冗談いってる場合じゃなぁい!



気のせいですよ、というと、俺に嘘つくとどうなるかわかる?と、威圧をかけられてしまった。もう誤魔化しもきかない。




「…あぁ、そうか。将棋じゃなくて、」


彼はにやりと不敵に笑った。きれいな赤髪が一歩ずつ、私に近づいてくる。 後退りをしたいが、窓際の端にいる私に逃げ道などない。せめてもの抵抗で、顔を両手で覆って隠した。見られたくない。自分でもわかるくらい、いまきっとすごい真っ赤で変な顔してる。



……ああ、捕まって、しまうのか私は。




「君が興味あるのは、」




ついに目の前まできた彼は、私の手をどけると、私の顎をくいっと持ち上げ、 自分の視線と重ね合わせた。私は至近距離に、あたまのなかぐちゃぐちゃで、わけがわからなさすぎて、涙が出そうになる。だけど、逸らせない。

ビー玉みたいな赤色の瞳が私を捕えて離さない。





「………俺のことかい?」




名前も知らない彼に

そう言って、笑う彼に、

ああ、私は引っ掛かってしまったのだ。



あなたの罠に。
二度と抜け出せないほど深く。
ハマってしまった。




夕暮れの教室で、
(もう貴方から逃げられない)