くろばす | ナノ







私の好きな人はバスケットが大好きでした。
ちょっと乱暴で、口は悪かったけれども、チームを纏めるのも得意でした。

今はわかりません。

どこでなにをして過ごしてるのか……今でも私は貴方の姿を探しては、毎日を過ごしてるんです。











「虹村!」

「あぁ?なんだよ、みょうじ。」

「もう体育館の鍵閉めるよ!だから、自主練も終わり!」

「まだいいじゃねぇか。」

「明日、大事な大会なんだから!休息も必要だよっ!」


仕方ねえなと不貞腐れながらもボールを片付け始めるのは私の同級生。同じクラスにして、同じ部活動。私は女子バスケ部の主将をやっていて、彼が男子の方の主将なの。
さらに言うと同じ小学校で、なにかと共通点の多い私たちは一緒に過ごすことも多かった。
近所に住む仲柄、もちろん帰り道も隣には虹村がいる。



「…あ、ねえ、虹村!アイス食べていこっ!」

「おう!じゃあ、ジャンケンで負けた方の奢りなっ!」

「いいよー!!」


「「最初はグージャンケンポン!」」の掛け声のあとに、私が出したのはパーで、虹村がチョキ。


「俺の勝ち!それじゃあバーゲンダッツで!」

「ちょ、それはずるい!」

「なんだよ、約束は約束だろ!」

「もうわかったよー!」


女だろうが容赦なんてない。
遠慮なく奢らせるのだ。

でも、変に女扱いされてしまってもやり辛くなってしまうから、これが丁度いい。
普段、後輩に囲まれてる虹村とは違う。少し、発想が子どもっぽい。そんな虹村が私は大好きだったな。


あの時間がどれだけ幸せだったのか、失った今ならよくわかる。










これからずっと先も、今のままで居られるわけがなかったんだ。







-------「本日より、虹村に変わり、赤司が主将を務めることになった。」


部員の子達が知らせてくれて、私は初めて知ったの。
しかも、虹村から赤司君を主将に推薦しただとか。まだ3年の役目はあるのに…。

あまりにも突然で、相談してくれなかったことに腹が立って、朝練の後、虹村を引き止めた私の顔はさぞ、酷いものだったと思う。


「ねえ、なんで主将降りたのっ?!!」


「しょうがねぇんだよ。」


「赤司君は確かに凄いのかもしれないけど、でも、投げ出すなんてダメだよ!!」


「お前になにがわかるんだよ…。」

「わかるよ!」


「…だからってお前になにができんだよっ!首突っ込んでくんな!」


「虹村のばかっ!!」



事情があるんだってことくらい予想ついてたの。喧嘩なんてするつもりなかった。ただ、虹村が離れるのが嫌だったんだ。
同じ中学生なのに虹村と違って、私は精神的にお子様だったから。意地っ張りだったから。

謝ることもできないまま、時間だけが過ぎて行く。


2年生が主体になった後も、虹村は部活動には出ていたけど、毎日忙しそうで、あまり笑うところをみなくなった。

そのまま、仲直りすることもなく、好きだと伝えることもなく、私たちは卒業を迎えた。




















あれから、もう二年の月日が流れている。



「……バスケしたいなぁ。」



高校ではバスケは辞めた。やりたい気持ちがなかったわけじゃない。ただ、ギリギリラインの高校に入学した私は常に勉強に追われっぱなしだから。
それに、そろそろ大学受験も控えている。ノートと問題集の両方と睨めっこして、毎日毎日同じことの繰り返し。なんのためになるのわからない勉強をただひたすらにしている。



……窮屈な毎日を過ごしていると、時々あの頃のことを思い出す。虹村と過ごした日々。


「…会いたいな。」


そんなこと、私に願う権利ないのかもしれないけど。もしも、もう一度、会えるのなら、ただ一言、ごめんねっていいたい。
けれど、虹村がどこの高校に行ったのかも、今でもバスケを続けてるのかも、私はなにもわからない。近所に住んでいた筈なのに越してしまったみたいだし、知っていたはずの彼のメールアドレスもいつの間にか使えなくなってた。

きっと、もう二度と、会うことはない。


そう思ってた。








「………あれ?」


公園を通り抜けてすぐの所で、何人もの作業員が道路の整備に務めている。素通りしてしまいそうな光景の中、私が足を止まらせた理由はただ一つ。

見間違えではない。白いヘルメットを被って、車両の誘導をしているのは、アヒル口のあいつ。




「あのーすいませんが、今工事中なので、」


聞きなれない虹村の敬語。
なかなか動かない私に虹村が声を掛けてきて、それが私だと気がついた彼は驚きで目を見張った。


「……みょうじ?」

「ひ、久しぶり。」













がこん。と、自動販売機の出口へと缶が落ちた音がする。
「ほらよ。」と彼に渡された缶コーヒーは、私の好きなメーカーのもの。些細だけど、今だ覚えててくれたことに顔が綻ぶ。



「…ありがとう。」



丁度よく彼の休憩時間がやってきたため、少しだけど会話することになった。


公園のベンチに二人座って、虹村に貰ったコーヒーを口にする。「それ、コーヒーのくせに甘ったるいんだよ。」って昔、虹村に言われたっけな。

ちらりと隣を盗み見る。

ずっと会いたかった人が目の前にいることに、本当は今にも涙が出てきそうだ。



「………虹村、高校でもバスケやってるの?」


言わなきゃいけないことがあるのに、それが一番に口から出てきてしまった。私と虹村の繋がりを作ってくれたのはバスケというスポーツだから。二人の中心はあの世界で止まったまま。



「…やってない。俺、今、夜間の学校行ってんだよ。朝昼はバイト。やる暇ねぇんだ。」



どうして?なんて問わずとも、彼は教えてくれた。



お父さんが亡くなった事、お母さんもあまり体調がよくないこと。だから、働くしかねぇんだって、この人は笑っている。


同い年なのに、この人はいくつも重いもの背負っていたの。中学生の頃から、一人で抱え込んでいたの。虹村は優しいから、誰にも心配かけないように、どんな時でも平然としていた。


−−−−−−「ねえ、なんで主将降りたのっ?!!」

「赤司君は確かに凄いのかもしれないけど、でも、投げ出すなんてダメだよ!!」



…過去の自分の発言を取り消してしまいたい。

あんなに近くにいたのに気づいてあげられなかった自分自身に、やっぱり悔しくなる。



「ごめんね、虹村。」


「なんで、オメーが泣いてんだ。」


「ごめんね。……ずっと、謝りたかった。」


「んな、昔のこと気にしちゃいねえよ。」


虹村は薄らと笑ってる。

泣き止みたくても、止まらなくて、ピーピー泣きじゃくる私の肩を抱き寄せてから、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。



「ほら、オメーに泣き顔は似合わねぇから。だから、笑えって。」


むにっと私の頬を抓り出す。やめてと言ってもやめてはくれなくて、相変わらず、女の子扱いなんてしてくれなくて。でも、虹村は変わってなくて、あの頃のままで。




「……私、今も昔も虹村のことが大好きだよ。」



虹村のこの手が大好きで、声も、顔も、全部全部大好きで、きっと、この人以上に好きな人には二度と出会えないと思えるくらい好きなんだ。




くいっと彼の首元の衣服を引っ張って、私の唇を彼のへと押し付けた。




「……今日、会えてよかった。仕事中だったのに邪魔してごめん。……それじゃ帰るね。」



欲張るならば、やっと見つけた貴方のそばにいたいけれど、私にも虹村も、今、共に歩くのは難しいとわかってるから。自分のことで手いっぱいの私には、貴方を癒すことも、助けることもできない。

虹村がこの世界で頑張ってるとわかったから、それだけで充分。彼に負けないように私も私のやるべきことを頑張るよ。



どうか願わせてください。
(何処にいても、貴方が幸せでありますように。)





「……おい、ちょっと待て。勝手に帰るな。」



「なんで?」


「なんでじゃない。オメーみたいな女、俺以外には扱えるやついねーぞ。」


「そんなことないもん。」


「だぁー!!だからっ、……俺もずっとお前に会いたかった。」


「………じゃあ、なんで連絡取れなくなったのよ!」


「仕方ねぇだろ、ケータイぶっ壊しちまったんだよ。」


「虹村のばか!」

「あぁ、そうだよ。ばかで悪かったな!」



あの頃みたいに言い合って、それから、 二人しておかしくなって、笑った。この感覚、懐かしい。




「……いいから黙って、俺の女になれよ。」


冗談じゃない。真剣な目で、見つめてくるものだから、私は「はい。」と答えるしかなかった。


止まっていた時間を動かすのは、今からでも遅くないかな?




-------------


虹村さんがどうして高校生として原作にでてこないのかずっと考えてて、いろいろ苦労の耐えない人なんじゃないかなと思ったら、いつの間にか出来上がってました。
虹村さんに幸あれ!