※死ネタが含まれます。 なまえ、そっちはどうだい? 「君はとんだお人好しだから、そっちでも僕のこと心配していそうだね。」と僕が笑えば、なまえは「当たり前だよ!」と、ふくれっ面になると想像できた。君の表情はどんなものでもすべて愛おしい。 …ねえなまえ。心配しなくても、僕は平気だよ。身体を壊すこともなく元気にやっている。 ただ、君と指切りをした約束は守れそうにないや。このままいくと僕はいずれ針を千本飲まされることになりそうだな。 ーーーー私以外の誰かと幸せになること。 君の最後のお願いは、余りにも酷すぎた。僕がなまえ以上に愛せる人なんてこの世にいるわけないのだから。 少し、昔話をしよう。 僕がなまえに出会ったのは高校1年の時で、付き合い始めたのは高校2年生になったばかりの春。 「ちょっと、赤司君!今の言い方は酷いよっ!」 「またそんな物騒なもの持ち歩いて!没収します!」 バスケ部のマネージャーだった君は僕のことを横暴だといつも叱りつけてきた。正直、あの頃は面倒な女だと感じていたよ。どうやって黙らそうかいつも考えてた。 「赤司君はもう少し笑うべきだよ!ほら、楽しいこと考えよう!」 「……私は勝利が一番大事だとは思わない。寧ろ、赤司君は可哀想だと思う。いつも辛そうに感じる。」 ……なぜだか知らないけれど、僕を笑わせにきたり、同情してきたり、君の行動の半分以上は理解し難いもので、でも、この僕に真っ向面からぶつかってきたのはこの先も君以外に現れる事はないことだけはよく分かる。 君のことを異種の人間として見て居たから、最初は恋というより興味本位って理由のが強かったかもしれない。 興味があるから、そばに置いておきたい。 この感情が恋愛だと、僕自身も気づいてはいなかった。 「…僕と付き合え。命令だ。」 「嫌です。」 「何故だ?」 「だって、気持ちが篭ってないもん!」 「…好きだ。」 「全然だめ!」 「それでは行動で示そうか。」 彼女の腕を引いて唇を塞いだ。 気持ちが伝わらないのであれば、身体で表すしかないと思ったのだが、それは逆効果で君はいきなり泣き出すものだから、僕は生まれて初めて本気で焦って、今思えば最低なことしたと思う。 今更だけど謝らせてくれ。なまえ、あの時はすまなかった。 それから、すぐに蟠りも解かれて無事に交際に至ったのだけど、次は別の問題が起きた。 傍からみたら馬鹿げている些細なことで喧嘩して、仲直りをしてを繰り返す僕らに周りすらも慣れてしまって。 ほら、喧嘩するほど仲がいいって言葉あるだろう。君と喧嘩するたびに本当なのだなと呑気に思っていたんだよ。 ……でも、そうだな。もしもやり直せるのであれば、言い争った時間全てを君に愛を囁く為に使いたい。 「……征十郎なんか嫌い!大っ嫌い!」 そういえば、一度だけ別れ話にまで発展してしまったこともあったね。 女子とは厄介な生き物で、妙に言葉を欲しがる。「好きと言って。」と迫ってくるのだ。とても面倒で、適当にあしらっていたら大喧嘩になってしまった。引くことのできない意地っ張り同士の付き合いは中々うまく行かない。 あれが一般的に倦怠期という期間だった。あの時になまえの手を離していたら、きっと僕は後悔してもしきれなかったと思う。 人間とは常に愚かで、手放さなければ、その価値を見出すことができない生き物だ。 「ねえ征ちゃん。まだ、なまえちゃんと喧嘩してるの?」 「まあね。でも、今はバスケに専念したいから。」 暫く距離を置くことになって、恋人の存在を忘れて、各々に充実した日々を過ごして、 でも、なにか足りなくて、ふと彼女のことを思い出して、考えて、声が聞きたくなって、会いたくなって、 そこで初めてお互いがお互いを必要としていると気付かされた。 「……すまなかった。僕にはなまえしかいない。」 「私もだよ。私も征十郎しかいないの。」 高校3年冬。大雪の降った日のこと。 ようやく解り合えた僕らは自然と身体を求めて合って、初めて君と一つになった。 僕は初めて女を抱いた。 初めて、愛してると君に伝えた。 初めて、愛してると君に言われた。 「遅すぎるよ!」と君は怒りそうだったから言えなかったけど、人を愛することがどれだけ僕の心を救ってくれていたか、なまえと2年間恋人関係でいて、やっと理解できたんだ。 君の全てを知り尽くしてしまった後は、あれだけ多かった喧嘩も少なくなって、それから社会人になった今までは良い関係を築けて来れたと僕は思ってる。 僕にはなまえが必要不可欠で、片時も離れたくない程に傍にいたいと願ってる。きっと、彼女も同じだと、それを現実にしようと思い、真剣に結婚を考えていた25歳の春。 悪夢のような出来事は突然やってきた。 「…………なまえが、余命半年…?」 心臓の病気だと、ドナーが見つからない限り、治る確率は0%なのだと。 それ以外の医師からの細かい説明はあまり覚えていない。 君のいない未来……これは本当に現実なのかと、何度も疑った。 「…征十郎。私と別れて。」 「なんでそんな事言うんだ!!」 「だって、私はもう…!」 「ふざけるなっ!!!」 優しい君だからこそ予想していた展開に、生きる事を諦めている彼女に本気で腹が立った。余命半年がなんだ。今、目の前に彼女はいる。 抱きしめた身体は前よりも痩せ細っているけど温かい。ちゃんと心臓は動いてる。生きてる。確かに君はここにいるんだ。 この小さい身体に全てを抱えさせたりしないから。半分は僕が貰うから。 「…僕と結婚しろ。命令だ。」 だから、一人で生きようとしないでくれ。僕がそばにいる。 「…征十郎の馬鹿。」 「うん、馬鹿でいいよ。」 告白した時と同じ台詞を吐けば、君は泣きながらも笑ってくれた。 君は泣き顔よりも怒っている顔の方が似合ってると言えば、君は僕のことを怪訝そうに見つめてきて、もちろん嘘に決まっているだろう。笑顔が一番可愛いよ。 「婚姻届に名前を書いてさ、明日にでも二人で役所に出しに行こう。」 「…本当に、いいの?」 「ああ。…ねえ、ほら左手出して。」 真っ白な病室には今だけ教会になってもらって、用意して居た指輪を交換しあって、誓いのキスをして、ほら、まるで二人だけの結婚式。 後日、即席にはなってしまったけど、本物の教会で式も行った。 花嫁の君が幸せだと笑ってくれるなら、僕はそれ以上、何もいらない。 「…あのね、征十郎。約束して欲しいことがあります。」 「なんだ?」 「その1、私のことを優先しないこと。私のことばかり考えないこと。」 「…無理だな。」 「もうっ!最後までちゃんと聞いて!」 「はいはい。」 「………その2、他の誰かとも恋をすること。 その3、ちゃんと形のある幸せを掴むこと。家族を作ること。 ……私以外の誰かと幸せになること。 約束、して?」 「…わかったよ。」 からかうような嘘はあっても、本気で嘘は一度もついたことはなくて、だから、これが唯一の本心とは違う返事。けどさ、ここで頷かないと君は意地っ張りだから折れないことをよく知ってるから。 君の最後の優しさ、僕はしっかりと受け取ったよ。 残りの時間はただひたすらに君の名前を呼んで、僕の名前を呼ばせて、愛してると伝えて、君を抱きしめて、存在を確かめて、沢山キスをした。 ああ、短い月日の中にたくさんの幸せを詰め込みすぎてしまったようだね。 ………半年は、早すぎた。 「………なまえ、」 色とりどりの花に囲まれて、君は安らかに眠っている。 いい夢でも見ているの? 僕の夢、見ているのか? 彼女の親族が、友人が大粒の涙を流している中、恋人の僕だけは泣けなかった。 喪服に身を包んで、君を見送っても、煙突から漏れる灰色の煙を見ても、僕は君を失った気がしない。心に空洞ができてしまった気がするけど、それでも、涙は出てこなかった。 「……さよならは、言わないよ。」 ああ、そうか。 目を閉じれば、君はまだ僕の中で生きているから。 笑顔で、「征十郎!」と、僕のことを呼んでくれるから。 いつでも、逢えるから。 “私以外の誰かと幸せになること” ごめん、なまえ。やっぱり、約束は守れそうにないよ。 ーーーー「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、互いを支え、それを愛し、生涯をかけて、真心を尽くすことを誓いますか?」 「「……………誓います。」」 それにさ、君の約束を受ける前に僕たちは誓っただろう? 一生、君を想い続けると。 僕はこれからもなまえと生きていく。君と同じ指輪を付けて。 怒るかい?でも、覆す気はないから、許してくれ。僕も意地っ張りだと、君はよく知っているだろう? なんだかんだ言ってさ、「もう!仕方ないなぁ!」って、きっと君なら笑って許してくれると信じてるよ。 見上げた先にある青い空は、まるで僕の心を表すように清々しかった。 なまえ、生まれてきてくれて有難う。僕と生きてくれて有難う。 僕を愛してくれて有難う。 拝啓、愛し君へ。 君と過ごした日々は、何よりも変え難い、一生の幸福。 ああ、そうだ。最後にもう一つだけ。君に贈った指輪だけどさ、無くす事のないように気を付けてね。君は物をよく無くして居たから、そこだけが心配だ。 当分は新しいのはあげられないから頼んだよ。 ---------------- 久しぶりに二次創作で死ネタをかきました。 長文、読んでいただきありがとございました!>< ちなみに一度も「死ぬ」という単語が出てこなかったのは、赤司君の中で 彼女は生きているからです。 |