坂高 「宙に行くんだってなぁ坂本、」 「…」 坂本は高杉の言葉に返事を返すことなく、少し困ったように笑った。高杉は部屋の入り口にもたれながら続けた。 「どういうつもりだ?」 「…」 坂本はまた返事を返すわけでもなく、しかし荷造りをしていた手を止めて高杉を見上げた。 「もう、仲間の死ぬとこは見たくないきに」 「…気にくわねぇな」 そう言いながら近づいてくる高杉から視線をそらすことなく、坂本は高杉を見上げた。高杉は坂本のその困ったように笑う顔に、いつにもなく自分が苛立ちを感じていることを自覚した。視線がかち合う。坂本の少し悲しげな表情を殴り飛ばしたい衝動が溢れる。 「俺たちを見捨ててまで行く必要があるってのか」 「高杉、」 「下らねえ」 「高杉…」 そがあことじゃないぜよ 、とまた憂いを帯びた表情で返す坂本の胸ぐらを乱暴に掴む。高杉は自分より幾分か体格の良いこの男がされるがままにしていることがさらに自分を苛立たせていることには気付いていた。自制することが出来ないのは自分がまだ若いからか、埋まることのない差がこんなにも深いのか。 腕を振り上げる。 「…っ、」 「坂本ォ、」 少し苦しそうな顔をしている坂本の頬を高杉が殴りつけた。坂本はなすがまま痛みに顔を歪めた。高杉はその坂本の諦めたような態度も気にくわなかった。愛しているはずなのに、酷く痛めつけたくなった。これは昔から変わらない。大切なものほど早く壊してしまいたくなる。誰の目にも触れる前に飲み込んでしまいたい衝動にかられる。 「…高杉」 「…」 「、…」 いつまでも満ちることのない空虚感が、高杉の腕を坂本の襟から離そうとしなかった。胸ぐらを掴んだままもう一発くれてやろうと手を振り上げる、が、力が抜けた。坂本の手が高杉のだらしなく着られた着流しを緩く握りしめた。高杉は片手を後ろ手についた坂本の首筋に顔をうずめる。 「高、杉」 「…黙れ。」 「…泣くなちや、」 「…、」 「泣いたらいかんぜよ、高杉。」 「…黙れって言ってんだよ…!」 坂本を睨みつけると、その真っ直ぐとした瞳に高杉は頭痛が酷くなるのを感じた。自分は泣いてなどいない、そう思ってその真っ直ぐとした瞳を見返す。 「おんしに泣かれたらどうやっちゅうものうなってしまうぜよ。」 「何を言ってやがる」 「わしは宙に行くぜよ、」 「…」 「わしは弱いきに、もう無理じゃ」 高杉が体を起こした。坂本は腕を投げ出して天井を見上げる。そして昨日死んだ男の顔を思い浮かべた。目の前で首をきれいに切り落とされて、バラバラになった図体と頭が、バラバラに動いた。首が離れても、まばたきを繰り返したその表情が、その、脆すぎる表情が、こびり付いて離れなかった。 「…泣いてんのは、てめぇじゃねぇか」 高杉が坂本を見下ろす。その涙は重力に従順で目尻から垂直に畳へと落ちた。 「アッハッハ、なんじゃぁ高杉…お揃い、じゃ ぁなかかぁ…」 坂本が赤い目で笑う。高杉は自分が泣いているような錯覚にとらわれた。あぁ、この男はきっと自分のかわりに、 完成を待たずして、パズルの1ピースを無くしてしまう。片目になってからも完成を待つ自分の甘さにヘドが出る。きっと知っているのだ。わかっているのだ。何もかもを失うことなんて。目をそらし続けて自分の弱さを否定する。全てを受け止めることができないから破壊衝動に駆られる。 あぁもう何もいらないんだ。ぶっ壊れてくれないか。 |