小説 | ナノ



 
銀高


何も残らないということは気付いていたような気がする。俺は(おそらく)間違っていたのだ。明瞭であるから誰もはっきりと言わない。一年というのはとても長く、また短い。春夏秋冬が流れる。
片目であること。それは俺をとても苦しませてきた。すれ違いに人とぶつかることが増えた。頭が痛くなることなぞ常だ。片目という障害が痛い。痛い。左目を失ったのはもう随分前のことだが、慣れるわけがない。
屋上は一番空に近い場所だった。なんで空に近いここを自分が気に入っているか、わからない。広すぎる空と狭くなった視界。左目が痛んだ。煙草を加える。





ガキだった、なんて言ったら笑うだろうか。
売られたから買っただけだ。むしゃくしゃして、力の限りに相手を殴った。頭の隅で自分の拳が相手にめり込む瞬間に射精に近い感覚が駆ける、ような気がする。一方的に顔を知られていたのも気にくわない。はぁはぁ、と息が切れる。相手は地に伏している。吐いた息は白く夕方の空に消えた。破壊衝動が体を駆け抜けた、が、俺は今日初めて会った知らない男に背を向けた。そういえばあの人が死んだのは今日みたいな寒い季節だったような気がする。気がする、なんて濁したが忘れるわけが無かった。昨日のように鮮明に思い出せる。殴った後の手がじんじんと熱を持った。息が上がったままそこから立ち去ろうとすると後ろに気配を感じた。倒れていた奴の手には小さなナイフが握られていた。小さなナイフ。防衛虚勢自己顕示、具現化されてそれは小さなナイフになった。
それはどんどんと近づいた。小さなナイフはどんどんどんどん俺に近づいて、どんどんどんどん大きくなった。
そして、俺の左目がその小さな(大きな)ナイフを飲み込んだ。













桜が風に吹かれた。ぎぃ、と寂れたドアが開く音が開放的な屋上に広がった。俺はそれに右側から振り返る。白髪が相変わらずの目でこちらを見ていた。


「なぁにカッコつけちゃってんのぉ?高杉くぅん?」

ち、と無意識に舌打ちをして前をむき直した。屋上から下を見下ろすと泣いている生徒、笑っている生徒。目の前に広がる将来への期待と、輝かしい思い出。俺は何とも思わないが。

銀八は俺と同じようにフェンスに寄りかかった。視界に入った銀八は相変わらず白衣をひっかけていた。

「…、いいのかよ。こんな所にいて…」

「あー?面倒くせぇんだよコノヤロー。なんだよ、卒業式だからってここぞとばかりに先生先生ってよーはしゃぎやがってよー嫌だねー本当。卒業式って何なの本当。」


下を見下ろすと万斎たちが目に入った。目を細めてよく見ると制服にボタンが無い。


「晋ちゃぁん。」

「うぜぇ。」

「晋ちゃんはさぁ、あいつらと一緒に卒業したかった?」

「…。」


自業自得ってか。銀八がこちらを向いているのは気付いていたが腕の上に乗せていた顔を上げるのは気が進まなかった。

「…、まぁ、何だ。なんとかなんだろ」

「…あ?」

「4年間も俺の生徒でいれるなんて光栄に思いなさいコノヤロー。」

「うぜ」

「来年もよぉ」

「…」

「きっと騒がしくなるぜ?」




気が早い桜が咲き誇っていた。風が吹いて花びらが散る。春の風は甘く香った。左目がじくじくと疼いた。




















他校の生徒と喧嘩しちゃった高杉が留年しちゃった卒業式の話。実は来年のZ組こそ桂とか土方とか神楽とかがいるクラスなのでしたというオチなら楽しい。