「元就様」
「どうかしたのかい女主」
「お茶をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとう」
一見優しげに微笑んでいるこの方にはいつもどこかに陰りがある
「ふう……なかなか難しいものだね。自ら見たことをそのまま書くというのは」
「元就様でも難しいんですか」
「ああ。主観が混ざるといけない。だからと言って客観的すぎるのもまたいけない。どちらの視点からの様子を感じられるモノを私は作りたい。しかし人の生死が関わっている以上冷静な目で見るのはとても困難だ」
「……戦うしか能がない私にはおっしゃっている意味すらわかりかねます」
「はは、素直で良い子だ。まあこれは後でもいい。おいで女主」
腕を広げ私を待つ元就様へ飛び込んだ。元就様の胸の中はなんだかほろ苦い大人の匂いがする。私は昔からこの匂いが大好きだ。幼い頃私を拾ってくれた元就様に絶対の忠誠を誓ったときから
「…女主、私は君が好きだよ」
「私もです。元就様」
「ありがとう。嬉しいよ。でもちょっと不満かな」
「なにがですか?」
「君が私を男として見てないことだよ」
元就様が私を抱きしめる力を強くする。強く、強く骨が折れるくらい強く。痛みに耐えながら顔色を窺うといつもの陰りが表にでていた。深い悲しみと孤独を漂わせるその表情の奥で私を冷静に観察している
「…それは、私の台詞です。あなたこそ私を女として見てくださらない。好きと言いながら元就様の中ではいつまでも捨て子のまま」
「それは違う。私は君を」
「戦士として、好きなんでしょう?」
ごくりと彼の喉が音を立てた
「今は使える駒で構わない。でも…近い将来必ず振り向かせてみせます。」
「女主…どうしてそこまで私のことを…」
「捨て子だった私を拾ってくださって以来、私には元就様しか見えません」
私が思っていることを伝えると元就様は酷く嬉しそうな、泣きそうな顔をした
「…君にそんなことを言って貰えるなんて思わなかったよ。振り向かす…か。はは、楽しみだよ」
愉快そうに笑う元就の瞳にはもう陰が見えない。消えたわけではない。隠してるだけ
「振り向かせてみなよ。私はそう簡単には堕ちないけどね」
「…望むところです」
必ずその瞳に私を映させてみせる
陰の居場所なんてもう作らせない
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