窓から入り込む夕方の強い日差しを避けて、ちょうど日陰になる位置にごろりと転がる。夏仕様の毛足の短いラグが肌に触れてひやりとしたけれど、すぐに自分の体温が勝って温くなってしまった。
首振り機能付きの扇風機を固定して、その風を独り占めしながら頭の中ではぐるぐるとまとまらない思考が渦巻いている。

あーイヤだなあ、どうしよーかな

そればかりがぐるぐる、ぐるぐる。ぎゅっと目を瞑る。ブウンと扇風機の羽根が回る音が静かな部屋に響いた。
そうしているとふと、足に重みを覚えた。ああゆとりが乗ってきたんだろうなあ、わたしも亀だったらこんなことでぐるぐるしなくてもいいのになあとどうしようもない逃避が頭に浮かぶ。
短パンを履いているせいで、剥き出しの脚に爪が当たって結構痛い。そろそろ爪の切り時だな、でもアレわたし苦手なんだよなあ、血管切っちゃったら怖いしゆとりも痛い思いするし。とかなんとか、思っていたら不意にぎゅっと鼻を摘まれた。
待って、ゆとりはこんなことしない。

「お前、相変わらず反応鈍くね?」

一拍遅れて目を開けば、逆さまにわたしを覗き込むご近所さんの顔があった。
少し反応が遅かったからって、相も変わらず失礼である。いいや、それよりも。

「……じゅうきょしんにゅうざい……」
「みょうじのじいちゃんに入れてもらったわ」
「……じいちゃんに……」
「まだ寝てんのお前」

別に、元から寝てませんけど。
寝てはいないけれど、のっそりと起き上がれば頭が少しぼーっとした。ついでに欠伸も出た。寝てないけど。


日中の日差しはまだ馬鹿みたいに強くて暑いのに、長いようで短かった夏休みは終わり、またえっちらおっちら学校へと通う日々が始まった。いや、夏休み中も講習だ何だで少なからず足を運んではいたけれど。
とにもかくにも二学期が始まり、それに伴いわたしの悩みも生まれ、現在に至るわけなのだが。

「なんだよ」
「…………」
「やっぱ寝てんだろ、なまえ」

わたしの脚の上からゆとりを抱え上げて、人を訝しげに見下ろす彼を無言でじっと見返せば、さらに怪訝な顔をされる。言うべきか言わざるべきかほんの数秒だけ逡巡して、わたしは彼のジャージの裾を引っ張りしゃがむよう促した。

「だから、なんだよ」
「助けて、お助けマン」
「は?」
「お助けマンくん」
「誰が」
「……今日の晩ご飯はー、なんと!イイお肉を仕入れております」
「……ドウシタノ、なまえチャン」
「わあ、きいてよお助けマン」

とんでもない棒読みな返答だったけれど、見事堅治をお肉で釣り上げる事が出来た。……堅治の分のお肉あったかな。

「ていうか、なんで堅治がここに」
「あ?別に」
「突然の高飛車〜」
「で?」
「? なに」
「は?お前が言い出したんだろ」

別に、ってなんだ。まあ部活の練習が終わって時間を持て余したから、ゆとりに会いに来たとかそんなところだろう。
わたしの話を聞いてはくれるらしいので、畏まって正座の姿勢を取る。向かいの彼は、いわゆるヤンキー座りであるが。

「どうしよう、堅治」
「だから、何が」
「体育祭がある」
「はあ?……あー、ガンバレ」

彼はわたしの一言で全てを察したらしい。さすが付き合いが長いだけあるな、なんて感心している場合ではない。
全てを察し、すぐに呆れ顔になって立ち上がろうとした彼の腕を咄嗟につかまえた。

「最後まで!話は最後まで聞いて!!」
「聞かなくてもわかるわ!」
「なんで!」
「毎年毎年、体育祭が嫌って騒いでんだろが!どうせ今年も、嫌でどうしよ〜って話だって見え見えだっつの」
「バレてる!わかってるなら代わりに出て!」
「お前女子校だろ」
「…………」
「…………」
「……女子にしては脹脛がいかついね」
「脹脛以前の問題だわ」

しばらく無言でお互い目を合わせて、それからうええんと喚きながら突っ伏せば、その後ろ頭にどすりと何かを乗せられる。この硬さは絶対ゆとりだな!人の家族に何してるんだと思いつつも、どうこうする気力は湧いてこず。わたしはもう一度うわあんと喚き声を上げるのだった。

悩みの種というのも、正しく堅治の察する通りである。
来週末に行われる我が校の体育祭が、わたしは嫌で嫌でたまらないのだ。毎年毎年、体育祭シーズンになるとどんよりするわたしに彼は最早慣れっこらしいが、当の本人であるわたしは慣れようがない。嫌なものは嫌なのである。

「どうせ綱引きとか玉入れとか、団体競技にちょろっと出るだけだろお前」
「…………」
「は?違えの」
「…………せん」
「なんて」
「……騎馬戦っ!」
「キ、バセン、ってあの騎馬戦?女子校でそんなんあんのかよ、てかなまえが騎馬戦……?」

驚いた顔が、いやらしい笑顔に変わっていく様を見ていたら反射的にその肩に頭突きを食らわせていた。食らった当人はなんのその、不安定な座り方だったにも関わらず少しよろめいただけで変わらずにやにやと嫌な笑みを浮かべている。むしろわたしの頭の方がダメージを受けてしまい、眉間に深いシワを刻むことになった。

そうなのだ、いつもは無難な団体戦の競技と、他には応援合戦なんかの強制参加競技にそつなくしれっと参加して、それでもなんだかこう、あの行事特有のというか熱くなる感じが苦手だったし、そもそも運動が不得手な人間にとってそれの祭典なんて以ての外だったわけだけれど。
なんと今回、わたしは騎馬戦に参戦しなければならないらしい。
競技の配点が高く、学年関係無しの乱闘戦は我が校の名物であり外から見ている分には大変な見応えがあるのだけれど、出るとなると全くもって別の話になる。

「なに、騎馬?上乗る方?」
「……うえ……、ねえ顔笑いすぎ」
「これが笑わずにいられるか?お前ちゃんと乗れんの?バランス感覚も死んでなかった?」
「…………」

組体操の是非を問われる昨今、騎馬戦なんて以ての外ではないのか。危ない、危ないよ。時代錯誤だよ。とかなんとか訴えたところで、最早どうにもならず。
せめてもっと運動能力に優れている子が出るべきだ、と言う主張は選手決めの時に散々したのだけれど、クラスの「スポーツ得意人間」たちは既に他に多数の競技に出場することが決まっており手一杯で、残りものでじゃんけんをした結果のわたしである。
クラスの子たちのほとんどがわたしの身体能力の残念さを知っているので、心配はしてくれたけれど代わってはくれなかった。その上「お前がウチのクラスの代表だ!負けたら泣かす!」と背中を叩かれた。慈悲はない。

「それ、いつやんの。観に行くわ」
「残念でした!ウチの学校の体育祭は卒業生と家族以外入れませんっ」
「あー、そういやそうだったな。じゃあ兄ちゃんたちに撮影頼むわ」
「兄ちゃんには日程も騎馬戦のことも教えないです!そんなに見たいなら、わたしの代わりに出ていいよ〜、……女子にしては骨張ってるね」
「ハイハイ」

堅治によってわたしから降ろされていたゆとりが、ふんふんと鼻を鳴らしながら膝を顔で突いてくる。慰めてくれているんだろうか、いいこだなと感動したのも束の間で、単純にこれはご飯の催促だと気付き思わず溜め息が出てしまった。
相変わらずにやにやしている堅治は放って、冷蔵庫から葉物野菜を取り出して餌皿に千切っていく。

本当に堅治が代わりに出てくれたらいいのに。どうにかならないだろうかと、真剣に考えてしまうくらいにはわたしも切羽詰まっていて。当日サボれば出なくて済むけれど、そうすると燃え盛るやる気を放つ先輩たちの怒りを買うことになるんだろうなと遠い目をしてしまう。
仕方ない、やれるだけのことはやろう。

黙りこくってのろのろ葉っぱを千切るわたしを見て落ち込んでいると思ったのか、それとも拗ねたと思ったのか堅治は、とにかく落ちても首は守れ、最悪手足が折れても頭と首は絶対に気をつけろ、騎馬の上でもバランス取れるように体幹鍛えろ、つか今日から走り込みをやれとかなんとか割と真面目なアドバイスをしてきた。
それに何を返すでもなくじっと彼の顔を眺めていたら、なんだか吹っ切れた。否、正確に言えば自棄になった。
勢いよく立ち上がって、目を丸くしている堅治の腕を引き自分の部屋まで連行する。


「は!?おい、なまえっ!」
「大人しくして!可愛くするから!いかつくても可愛いと思えるようにするから!!」
「不器用が何言って……、いやっ、だからなんで俺に化粧しようとしてんだよ!」
「わたしの!身代わり!」
「はあ!?つかお前普段化粧なんてほとんどしてねえだろ!なんで俺にすんだよ!」
「性別の!カモフラージュ!」
「わかった、お前が切羽詰まってんのはわかったから!とりあえず落ち着け!」
「お助けマンはどこに行ったの!イイお肉食べるんでしょ!?」
「それはもう話聞いたのでチャラだろ!?」

結局化粧は施せなかったし、お肉はちょっとだけ焼き加減を間違えた。

「なんでこっち側焦げてんのにこっち側は生なの?なまえチャン天才じゃない?」
「堅治クンのお肉は特別仕様なんだよ」
「こっち見て言え」
「文句言うなら体育祭出て!」
「フツーに無理だわ」

散々なのもいいところだ。



『おっしゃ!行けなまえ!潰せ!』
『あれ、なまえ普通に躱すの上手くない?運動出来るようになった?』
『上手いっつうか、昔から俺らと取っ組み合いのケンカとかしてたから、避け方は身に付いてんじゃね?』
『取っ組み合いしてたのはお前だけだろ。お、一本取った』
『落ちんなよなまえー!気張れ!!』
『なまえ!もう二、三本取ってこい!』
『……なまえもたくましくなったな……』
『え、父さん泣いてる?』

「あれ、堅治がいる。兄ちゃんと二人して何見て……、ねえ、えっ、ねえ!何見てんの!?ねえ!?なんでビデオあるのこれ!!」

スパイスティーに撃沈


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