「おー、堅治!今日練習何時まで?……うし、じゃあ六時前頃にお前ン家に迎え行くから準備しとけ……あ?出掛ける準備だよ、つってもまあ手ぶらでいいわ。じゃ、後でな」

朝、夏休み中の学生の鑑の如く遅い時間に起きてあちこち寝癖のついた頭で階段を下りていると、次兄の声が聞こえてきた。
でっかい独り言だなと若干不気味に思いながら階段を下りきって居間に顔を出せば、ケータイを手にした兄の後ろ姿が目に入る。あ、独り言じゃなくて電話だったのか。誤解してごめんと心の中で謝って、その背中に「おはよ」と声を掛ければ、振り向いた兄が挨拶も返さずに言った。

「六時前頃に、堅治迎えに行くからな」

準備しとけよって、何の話だ。



さて、現在の時刻、夕方六時半。

「えっ、みょうじくんの弟と妹!?」
「ヤダかわいんだけど!」
「妹ちゃん、みょうじくんに目元そっくりだねえ」
「弟くんはでっけえな!?」

知らない人たちに囲まれて、思わず堅治を盾にしているわたしであった。



午前中、あれから台所の食器を片付け、適当に家の掃除をし、軽くゆとりと遊び。いつの間にやら家を出たのか姿の見えなくなった兄に、さっきの話は聞かなかったことにしていいかなと特に用事もなかったためソファに転がっていたら、いつのまにか眠りこけていたらしく。

「おらなまえ!!起きろ、行くぞ!」

急にバカデカい声で叩き起こされて、心臓がひっくり返った。
「なに!?」「うわうるせっ、あーもーお前寝癖ついたままじゃん、こっち来い」うるさいのは誰のせいだ、と思っている間に腕を引かれ、洗面所に連行されたかと思うと跳ねていた髪を手早く一纏めにされ。我が兄ながら器用である。

「よし、行くぞ」
「いや、どこに」
「堅治のとこ」

準備らしい準備もしないまま車に押し込められ、一分もしないうちに二口さん家の前に着いたかと思えば堅治もわたし同様車に乗せられ、二人して後部座席で顔を見合わせた。

「何これ、どこ行ってんの?」「知らない、わたしが訊きた、うわ、ジャージじゃない堅治久しぶりに見た」「お前その頭、兄ちゃんかばあちゃんにやってもらったろ」「なんでわかるの」とかなんとか言っている間に目的地に着いたらしく、車を降りるよう促され。

そして、今に至るのだけれど。
「これ、ウチの弟と妹っス。好き嫌いないんで、なんか適当に食わせてやってください」とだけ残して自分はどこかへ消えてしまった次兄。いつの間にか「弟」になったらしいご近所さんの顔を見上げれば、彼もわたしを怪訝そうに見下ろしていて、二人して状況の把握に努める。
ここがバーベキューの会場らしいというのはざっと見回した感じと肉の焼ける香ばしい匂いで察することが出来たけれど、これがどういった集まりで、尚且つどうしてわたしたちが連れて来られたのかはさっぱりだ。兄には説明責任を果たしてもらいたい限りであるが、やはり姿は見えない。

人見知りする質ではないけれど、唐突に知らない人たちに囲まれ次から次へと声を掛けられたらさすがに尻込みしてしまう。
半歩身を引いて堅治の後ろに退がればちらりと目を向けられたけれど、それに対して彼は特に何も言わずそのまま愛想よく受け応えをしていく。社交性があるというか、外面がいいというか。

「なまえちゃんお肉食べな、お肉」
「あ、すみません、ありがとうございます……?」
「ほれ、堅治くんも」
「アザっす。つか俺ら、マジで食っちゃって大丈夫なんスか?」
「みょうじくんが会費払ってると思うし、たんとお食べー」
「じゃあ遠慮なく」
「飲み物はあっちにあるから、好きなの取っていいよ」
「ウッス。なまえ」

いい具合に焼けた肉の乗った紙皿と割り箸を渡され受け取ったはいいが、本当に食べていいのか?と目を白黒させていると、堅治が相変わらずの愛想の良さで同じように紙皿を受け取り「あっち」と指差された方へわたしの背中を押した。

「つかマジでこれ、何の集まりだよ」
「……なんでしょうね」

大学の部活かサークルの集まりかと思ったけれど、それにしては参加者の年齢が幅広い。父より上の年代であろう人から小学生よりも幼く見える子どもまで居て、場はひどく賑やかだ。
わたしたち二人が増えたくらい、確かに問題は無さそうだけれど、それよりも。

「……わたしと堅治、どっちが上に見えてんのかなあ」
「は?なに?」
「みょうじくんの"妹"と"弟"って」
「ああ……まあ、俺だろ」
「まあ、わたしか」

かぶったぞ。



「なまえちゃーん!花火しよー!」
「線香花火持ってきたー!」
「勝負ね、勝負!」

今度は、自分よりもいくらも低い位置に頭のあるちびっこたちに包囲されてしまった。

あの後、堅治と共に見つけた兄をつかまえ問い質したところ、これは兄のアルバイト先の集まりらしいということがようやくわかった。バイトと言っても兄は短期のものを含めるとやたら多種多様に従事しているので、一体何なのかはよくわからないが。
そこは毎年夏にバーベキューをしている会社らしく、従業員の家族であれば参加自由とのことで今回「暇そうなお前らを連れてきた」とのこと。
わたしが暇であったことは否定しないけれど、だったら事前に言ってくれと怒れば「言ったろ?」とけろりとした調子で言われた。
一言だって聞いていない。

まあ兄の奢りではあるし、だったらもう遠慮なくいただこうとおにぎり片手にお肉を食べていたら、いつの間にやら従業員さんの子どもたちに遊び相手認定されていたわたしだ。

「はい、なまえちゃん」
「最後に残ってた人が勝ちね!」

線香花火を一本と着火ライターを受け取って、ちびっこたちとしゃがんで小さな輪をつくる。それぞれが持った線香花火の先端を集めて火を灯せば、着火したそれがぱちりと弾けだした。
みんな火の玉を落とさないことに集中しているのか、さっきまで元気な声をあげていたのにすっかり静かになってしまってなんだか笑える。


「えー、もう終わり?」
「もっといっぱいあればいいのにね!」
「あっちに残ってないかなあ」

「勝負」に勝ったり負けたり、他の手持ち花火に火を点けたり、ちびっこたちの火の扱いにはらはらしたりしていたらあっという間に手元にあった花火を全て消費してしまった。片付けはわたしがやるからと花火の燃えかすの入ったバケツを持ち上げれば、わらわらとちびっこたちが後をついてくる。かわいい。

「お前、カルガモの親かよ」

ゴミ捨て場にえっちらおっちら歩みを進めていると、未だ肉を頬張っているらしい堅治にそう言われた。一瞬何のことかわからなかったけれど、周りにちっちゃいのを引き連れているからか、と納得して適当に「いいでしょ」と返しておいた。
それにしても、あの人よく食べるよな。食べても目に見えて太らないから羨ましいものだ。まあ運動してるしな。

「なまえちゃんのお兄ちゃん、かっこいいね!」

花火ってどうやって処理するんだっけな、濡れた新聞紙に包むのが正解?なんて考えていると、不意にちびっこの一人がそう言った。
おお、この年頃でももう「かっこいい」という感覚があるんだなあと半ば感心して、けれどその対象には目を白黒させてしまう。

「ええ?そう?みんなから見たら、あー、結構歳が上じゃない?」
「ううん!かっこいいよ!さっきねえ、お肉分けてくれたの」

年齢一桁であろうこの子たちからしたらハタチの兄なんて、端的に言えばオジサンではないかと思ったのだ。兄本人には言えないけど。
まあ小さい頃は年上のオニイサンがやたら格好よく見えることもあるしなあ、なんだかんだで面倒見もいいし、と思いはすれど、素直にそうだねと同意し難いのは身内の性か。

「背もね、おっきいねって言ったら、私もすぐにおっきくなるよって!」
「あ!なまえちゃんのお兄ちゃん、バレーやってるんでしょ!?」
「私も聞いたよ。ケンジくん、バレーすっごい強いって言ってた」
「なんて?」

しかしよくよく聞いてみれば、何かおかしい。いや、明らかに。
「あの人のこと言ってる?」相変わらず肉を食す長身にすっと指を向ければ、うん!と笑顔が返ってくる。かわいい。いや、そうじゃない。
おっきいのも、バレーが強いのもその通りだし、かっこいいと思うかどうかは個人の自由なので特に突っ込みどころはない、が。

「……ケンジくんが自分で、わたしのお兄ちゃんって言ってた?」
「? ううん。違うの?」
「なまえちゃんと仲良くしてあげてって言われたよ」

一番気になったのは、わたしが「ケンジくん」の「妹」であると認識された点だ。
曰く、彼がそう言ったわけではなくちびっこたち自身がそう判断したらしい。なんでかな。

「……あのね、ケンジくんは」
「なまえ、そろそろ帰るってよ」

ちびっこたちの輪の中にしゃがみ一人一人目を合わせながら誤解を訂正しようとしたところで、件の人から声が掛かった。

「……ケンジくん、ちょっとわたしのことお姉様って呼んでみて?」
「は?」



お腹は満足したし、花火も出来て楽しかったけれど。

「いや、なまえはどうしたって末っ子だろ」
「なんで」
「兄貴にも訊いてみ?多分同じこと言うって」
「なんで」

帰りの車中、次兄にわたしと堅治のどちらが上に見えるかと訊いてみれば返ってきた答えがこれだ。答えになっていない。隣で声も出ない程に腹を抱えて笑っている堅治も、一体なんなんだ。

無邪気なジェミニ


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