高校一年生の五月から三年生の一月まで、男子バレーボール部のマネージャーをやっていた。

きっかけといえば、当時隣の席に座っていたバレーボール部の部員に誘われたからという実に単純なものだった。
入学してひと月経とうかという四月の終わり頃、席に着いてぼんやりとしていたわたしに、その人は「みょうじさん、バイトすんの?」と不意に声を掛けてきた。後の主将こと黒尾である。
彼の視線はわたしの手元にある求人情報誌に向いていて、ああこれを見ていたからそう訊かれたのかと内心で納得し、ページを捲っていた手を止め曖昧に返事をしつつ首を横に振った。

「部活もしてないし、時間持て余してるからちょっと眺めてただけ。まだ未定ですね」

隣の席の彼とは、これまでに最低限の会話しかしたことがない。
やたらと背が高く、なんだか独創的な髪型をしているなということ以外は知らなくて、でも春先の自分へ向けられた「お隣よろしく」という挨拶からは悪い人という感じは受けなかった。まあ、ちょっと胡散臭いなとは思ったけれど。
ふーんとどこか上の空のような相槌に、別に世間話をしたかったわけではないのだろうかと不思議に思いながら求人誌を鞄に突っ込み、次の授業の準備をしようとしたところで「あのさ」と先程の相槌と同じ調子で彼が口を開いた。

「じゃあ、バレー部のマネージャーやんない?」

あまりにも唐突な提案に、一瞬何を言われたのかわからなかった。なんだって?飲み込むまでに数秒の間を空けて、それから「マネージャー?」と返す声は自分でも分かる程に怪訝を色濃く乗せていた。彼はそれに小さく笑って、ひとつ頷く。

「そう。男子バレー部の」
「……バレー部の方なんですか?」
「うん、はい。そうです」

へえ、背高いもんね、と思って。それから当然のように湧いてきた、どうしてわたしなのかという疑問をそのままにぶつける。余程暇そうに見えたのだろうか。いやまあ確かに暇なんだけれども。
暇人への嫌味か?それとも単なる冷やかしか?と頭いっぱいに疑問符が浮かぶ。

五月頭に迎える大型連休と共に合宿を控えていた男子バレーボール部には、マネージャーが存在しなかった。
別に中学の時にもマネージャーなんていなかったし、雑用は各々が協力してやればいいという考えを持っていた黒尾にとってそれは何の問題もなかったらしいのだけれど、やはりいるに越したことはないしいればその分少なからず自分たちの練習時間が延びる、とも思っていたようで。そんな矢先、目に留まったのが「暇」を如実に体現したようなわたしだったわけである。
ともあれ挨拶を交わす程度の仲でしかない女子に声を掛けたのは、本人曰く「うっかり」らしい。
その「うっかり」口からまろび出たらしいお誘いに、訝しみつつも「暇だしまあいいか」で乗ったわたしもわたしだなと、今でも思うのであった。

/

「黒尾の髪、そのうち全部毟ってやるからな……」
「こえーわ、ヤメテ」

マネージャーというものが存在しなかった部に、体育でのバレーボールの知識しか持ち合わせていない、かつ碌なサポート経験の無い人間が入ったところで劇的な変化は当然無かった。
飲み物やビブスの準備、それの洗濯、ボールの空気入れ。ボール出しにボール拾い、タイムキーパーや記録取りと今まで部員間で回していたものを一手にとまではいかずも引き受けるようになり、何をどういった手順でどのように進めればいかに効率よく事が運ぶのか、自分にとって未知だらけの事柄に手探りもいいところ、頭と身体をフルスロットルで働かせるというのはなんともまあ肉体的にも精神的にも大変だった。
幸い、同学年の部員は人当たりがよく優しかったし、先輩もわたしのミスに対して怒鳴り散らしてくるような人はいなかった。わたしを誘った当人である黒尾も、責任を感じていたのかこちらを気に掛けてくれることが多く、何度となく助けられることがあった。

「何、どうしたよ」

今も、深い溜め息を吐き出したわたしを気遣ってそう訊いてくれたわけだ。優しいね、多分わたしが黒尾のことを睨み付けながら暴言を吐いて「話を聞け」の空気を全開にしているせいなんだけどね。
どうしたもこうしたもない。

「今度のグループ合宿、ウチがホストだから多分あれこれ大量に準備しなきゃいけないんだろうけど、何をどうすればいいかわからない。ちょうど近くにいた黒尾さんに教えてほしいな〜って思ったけど、訊いたところで黒尾さんも初めての合宿ですからね、わかりませんよね。ねー。あ〜、髪の毛毟りたい」
「着地点がおかしくないですかね?」

我が校を含む関東の数校で出来たグループが存在するようで、練習試合やら合宿やらが合同でよく行われているらしい。
確かについ先日も同じ都内にある梟谷と練習試合をした。その時の会場も音駒で、相手を迎える準備というのはそれなりにしたけれど多分今回はその比ではないのではないかと思う。
ここで一人考えたところで答えは出ないのだから、さっさとコーチや先輩たちに段取りを聞きに行くことが大正解だというのはわかっている。わかっているが、ちょっと想像しただけで仕事量多そうだなあと遠い目をしてしまうので、今のうちに軽口の利ける同級生相手に駄々をこねているのだ。黒尾、あなたは巻き込まれたんですよ、残念でした。

「あー、訊きに行ってくるか?先輩に」
「行く行く、行きま……え?誰が」

頬を軽く掻きながらそう口にした黒尾に、思わずそう訊き返せば、彼は長い指で自分自身を指した。
なに?わたしがお困りなので僕が代わりに訊いてきましょうかって?えっ、えー、うそやだ優しー、そのうちバカ高い絵画とか買わされてそー。

「……いや、どっちかって言ったら絵画売りつけてそうな顔だわ」
「なんて?」
「なんとも。愚痴ってみただけで〜す。自分の仕事は自分でやるので、黒尾選手もどうぞ練習にお戻りください。解散ー、お疲れー、それではよいお年を」
「今年まだ大分残ってるんですけど?え?なに??」

チョットみょうじさん??と追いかけてくる声には「来年もよろしく」と適当に返して、わたしはノートを片手にコーチの元へ駆ける。
「今年は?」とかなんとか、「えっ、自由すぎない?」ともなんとかかんとか聞こえてきたような気がするけれど、わたしはコーチのお話を聞くのに忙しいのでごめん遊ばせ。

/

「黒尾、黒尾よ。これを山本に渡しておいてくださいな」

部室から出てきたその人にプリントを一枚押し付ける。
バレー部のマネージャーとして日々体育館を駆け回るうちに気付けば進級していて、今年もまたバレー部の一員として体育館の中をバタバタとしていた。
長身で目付きのあまりよろしくない男はプリントを受け取って「山本?」と不思議そうな顔をする。
新入生の入学に伴い、男子バレー部に入部する一年もいた。いいことだ。はいはいこれに名前とクラスと出身中学と希望ポジション書いてね〜と一人一人顔を覚えるためにも用紙を渡しているのだけれど、その中の一人に明らかな距離を置かれているわたしである。

「なんかね、見てて悲しくなるくらいビビられてるから、もうあなたから渡してあげてくれ」
「あー、みょうじさん顔怖いから……」
「は?ふざけ〜、黒尾よりキューティなお顔してるわ」
「え、痛い、人の耳引きちぎろうとしてます?」
「キューティみょうじと呼びな」
「芸人?」

軽く耳を引っ張っているだけなのに大袈裟な男だ。まあ実際にキューティを枕詞にでもされたらそれはそれでどん引きものだが。
やはりわたしの顔が怖いせいで山本を気後れさせているのだろうか、今までの人生で顔が怖いとか言われた経験ないけど。そういえば孤爪にも若干引かれたものの、黒尾の昔からの知り合いらしく取りなしてもらって事なきを得たりしたなあ。

「……わたしもう目出し帽被って生きるわ」

部活動を円満にすすめるためにはその選択を取るしかない、と決意を固め、とりあえず今日は色付きのビニール袋に穴開けて被っとくか、いや紙袋の方がいいか?と真剣に考えながら体育館へ向かおうとしたところで「待て待て」と後ろから腕を引かれる。

「何。紙袋って購買部に売ってたっけ」
「は?いや落ち着いてみょうじさん。スミマセン、冗談言いました」
「九割冗談で出来てますみたいな人間が今更何言ってんの」
「え?俺そんな風に思われてんの?逆にあと一割何……、じゃなくて。山本、女子が苦手なんだと。それでみょうじに緊張してるだけなんだわ」

あ、あー!そうなの?初耳〜!
「あの、俺が悪かったけど、人の両耳引きちぎろうとするの辞めていただけませんか?」という声は無視して、さっきより引っ張る耳の数を増やしてやった。

「ゴメンゴメン、ごめんって」
「そのプリント山本に渡して、回収して、またわたしのところに持って来いよ、いいな」
「ハイ、いや、あー……」
「反抗か?反抗すんのか?」
「そうじゃなくて、このままだとお前も山本もやりにくいだろ。間に入るからこれ、みょうじから渡さね?」

思わずきょとんと呆けてしまった。今後の部活動のためにもそちらの方がわたしも、恐らく山本もやりやすそうではあるけれど。さらりとした提案に、それはとてもよいですねと素直に返すのはなんだか癪だったのでもう一度だけ耳を引っ張ってしまった。

/

「えっ、行かないよわたし」
「えっ?またまた〜、冗談はヨシコさん」
「ヨシコへの風評被害、じゃなくて、え?そういうことになってたよね?」

季節が巡るのは実に早い。
気付けばまた新たな春を迎え、バレー部の派手な赤も、主将となった男のよくわからない髪型もすっかり見慣れたものとなった三年目。
ゴールデンウィークを目前に控えた今日、練習の合間に主将と副主将に時間を貰い、休暇中に行われる合宿の予定を詰めていた。
今年は宮城県へと遠征に行き、最終日には烏野高校と試合を行うのだという。バレー部に入ってから何度も聞かされた、かつての「ゴミ捨て場の決戦」の相手だ。誰が名付けたのか、初めて聞いた時の感想は「もっと他に良い言い方なかったんかい」というものに尽きたけれど、耳に馴染めばそんな愛称が付く程の愉快な試合をこの目で見られたのなら、と今では思っている。

「新幹線のチケットはもう取ってあるから。スケジュールはこんな感じで、大丈夫なら全員分印刷するね。あと宿舎が全員で大部屋になってるんだけど」そうプリントを数枚手にしながらこれがこうでああでと二人に説明していると、合宿所の要項が書かれた紙を見た黒尾が「あー、さすがにみょうじは一人部屋がいいんじゃないですかね」と言った。
それに「え」と返したのはわたしだけではなく、海もまた大きな目を黒尾へと向ける。今度は二対の瞳を向けられた黒尾が「え」と零し、しばし沈黙が流れた。

「……ボク、何かおかしなこと言いましたでしょうか?」
「言ったというか、みょうじの部屋はいらないんじゃないか?」
「は?どうした海、本人の前でなんてことを……!?」

至極最もなことを言った海に、何を焦ったのか慌てた様子でわたしを振り向いた黒尾はひとつ勘違いをしているのではないか。「行かないよわたし」と怪訝に思いながら言えば、彼もまたひどく不思議そうな表情を浮かべた。
わたしは今回の遠征には参加しない。そうだよね?と海に確認すれば、うんと確かに肯定が返ってくる。

「聞いてないんですが??」
「ええ、海は知ってるじゃん……?」
「海クンは知ってても、黒尾クンは知らないんですが??」
「ええ。じゃあ、はい。みょうじさんは行きません。お土産は萩の月がいいです」
「なんで??」
「美味しいから」
「誰が萩の月の感想言えって言ったよ」

今回はベンチ入りの部員しか遠征に行かないし、だったら他の部員とこっちに残って練習しようかなと思って。先生の代わりにバスケ部の顧問が体育館の使用許可くれたから問題ないし、目指せ!レギュラー奪取!と拳を掲げて見せれば、自分の眉間を揉んだ黒尾がようやく「了解でーす……」と低い声で応えた。ごめんて、次からはちゃんと確認します。

「あ、お土産、萩の月の代わりに烏野に一点も取られず全勝するとかでも大丈夫です」
「マネージャーさん、バレーボールってどういうスポーツかご存知?」

もう二年程やってきましたのでね、それなりにわかるようになりました。

/

いつだってチームの勝利を願ってきたし、信じてきた。けれど試合には勝敗がつきものである。

「お疲れ様」

夏のインターハイ東京都予選、二回戦敗退という結果に終わった選手たちにそう声を掛けた時、ふっと肩の力が抜けた。試合中ずっと握り込んでいた記録用のペンは、すっかり汗ばんでいる。ゴミ捨て場の決戦は、叶わなかった。
反省するところはしっかりと振り返り、あとは落ち込む時間など不要とばかりに次の試合へ向けて前だけを見る。そう気持ちを切り替えた多くの部員たちとは違い、わたしは一人その場に佇んでいた。もう高校生活も三年目で、これが一年前二年前の話であればわたしもすぐに夏合宿の準備に取り掛かるのだけれど、否応無しに迫る進路選択というものがそうはさせてくれない。進退を決めなければ、いけない。
「みょうじはどうするんだ?」とコーチからの問いに答えられず、それを見兼ねた彼から将来後悔しない方を選びなさいと助言を頂戴したのだけれど。「後悔」とはあとからついてくる、やっかいなものである。

「みょうじー、今度の夏の……、どうした?」

不意に教室に顔を出した黒尾が、わたしを見るなり眉を顰めた。余程ひどい顔をしていたらしく、「熱中症か?」と真剣味を帯びた調子で訊かれ苦笑する。

「いえ、元気ですね」
「ダウト〜。何、お兄さんにお話ししてみなさいよ」
「お話ししたあとで法外な金銭要求されそう」
「しねーわ。マジで。どうした」

恐らく部についての話を持ってきたのであろう彼に申し訳なく思いながら、心では言うまいと決めていたのに、気付けば「続けるかどうか迷ってる」と口から溢れていた。ぱちりとひとつ、瞬きが返ってくる。同学年の彼らは、春高を目指す腹を決めていた。
そうだ、わたしを男子バレー部に誘ったのは黒尾だった。何の興味も知識もないままに飛び込んで、昨日まで体育館を忙しなく走り回っていた。また二年前のあの日のように、「バレー部のマネージャーやんない?」と実に軽いノリでわたしを引き留めてくれないだろうか。そうすればその一言でわたしはまたきっと、「まあいいか」とバレー部の部員として走り回るから。

「俺からは何も言えない」

真っ直ぐ刺さった言葉は甘言では無かった。
「……お話し聞くって言ったのに?」かろうじて返した笑い顔は、きっとぎこちないものだったろう。
わたしは今、この人に自分の人生の選択を委ねようとした。これまで散々気に掛けてくれたんだから、今回もそうしてくれるでしょうととんでもない事を預けようとした。彼が応えてくれなくてよかった。

その日の練習には出るつもりだったのに、自分自身があまりにも情け無くて恥ずかしくて、着替えながら一人更衣室で泣いてしまった。
赤く腫れてみっともない目と鼻の頭の熱を必死に逃がしながら、途端に冷静になった頭で答えを出す。今辞めたら絶対に「後悔」する。引継ぎだって碌に出来ていない、どころか自分の他に新たにマネージャーを迎えることすら出来ていないし、何よりわたしはこの目で間近にあの試合を観たいのだ。

顔を思い切り水で洗ってから、大遅刻で乗り込んだ体育館。にやりと口端を上げてみせた黒尾に拳で応え、お疲れと遅刻を責めずにそう言ってくれた海に手を振り、おせーぞみょうじ!とごもっともな叱責を飛ばした夜久にごめんと笑い。監督とコーチにまたよろしくお願いしますと頭を下げ、さあ遅れを取り戻さねばと腕をまくったところで「みょうじさん!」と名前を呼ばれた。
振り返った先にいたのは山本で、どうしたとこちらが尋ねるよりも先に「マネージャー続けてくれるんスね……!」とこの二年でようやく合うようになった目をきらきらさせて、言うものだから。

「みょうじさん、みょうじさん。それはさすがに山本には刺激が強すぎますよ」

後輩の両肩をひっしと掴み、顔を俯けながらどうしてかまた零れそうになる涙を懸命に抑えていたら、黒尾に引きはがされてしまった。

「みょうじ、『続けるかどうか迷ってる』って言ったじゃん?辞めるかどうか、じゃなくてそう言った時点でもう自分の中では決まってたんだって」

後々、そうしたり顔で言ってきた黒尾とかいう人の表情は大変腹の立つもので、はあなるほどなと思いつつとりあえず耳を引っ張っておいた。

/

握りしめた指先は冷たいのに、手のひらはやたらと熱かった。
高い笛の音が耳を劈く。試合が今、終わった。
わたしにとって最初で最後の春高で実現したネコ対カラスの「ゴミ捨て場の決戦」は、それはそれは楽しく、苦しく、わくわくして悔しくて、大層愉快だった。

「お疲れ」

夢見心地のような気分でフロアに立ち、そう大きな背中に声を掛ければ疲れた様な、けれどどこか晴れ晴れとした笑みが返ってくる。

「みょうじもお疲れ、」
「あのね」
「ウン?」
「あの時うっかり誘ってくれてありがとう。お陰で楽しかった」

一年生の春、アルバイトをする道を選んでいたのなら、それはそれで楽しかったかもしれないけれど。

「マネージャー、ちゃんと引き継げなくてごめんね。でも来年、今日の音駒見た人が絶対バレー部入ってくれると思うんだ。……山本ぶっ倒れたらどうしようね」

さて、撤収作業だ。
ぽかんと口を開けて間抜けな顔をした我らが主将を置いて、わたしは一度思い切り伸びをした。

/

さて、日々走り回っていた体育館から卒業して数年。いちマネージャーだったわたしが、あれからバレーボールに関わる事はそう無く。社会人となった今、テレビやネットを通して聞こえてくる旧知の仲間の活躍に一人ひっそりと喜ぶ日々を送っている。
そうしていつしか、あの体育館での日常が綺麗な思い出へと昇華されるのだ。

「みょうじ!ごめん、ちょっとお願い!」
「はい」

来客の担当者が今外しているらしく、代わりの案内を頼まれ小走りで向かう。見えたスーツの後ろ姿は随分と縦に長く、大きな人だなと感心しつつその背中に「お待たせして申し訳ございません」と声を掛けたのだけれど。

「いえ、こちらこそお忙しい中お時間いただきありが……」

振り返って見えた顔に、お互いぴたりと動きを止めて息を呑む。いくらかの沈黙が流れて、先に口を開いたのはわたしの方だった。

「ええっと、訪問販売で絵画を売りつけている方でいらっしゃいますか」
「あ、違いますね。私バレーボール協会の黒尾と申します」
「頂戴いたします、ありがとうございます。今のバレーボール協会って絵画も売っておいでなんです、ね」

耐え切れず吹き出したのは、どちらが先だったか。
旧知の一人が、そこにいた。

「こっ、こんなに胡散臭い人初めて見た……っ!」
「いやいやいや、それはちょっと失礼すぎませんか?」
「やだもう何喋ってもおもしろいからちょっと黙って」
「酷い以外のなにものでもねえな?で、お話よろしいですかみょうじさん」
「わたしの担当じゃないんですけど、どうぞ」
「よし、一緒に仕事しようぜ」
「いいよ」

まあ茶番は置いておいて。会議室はこちらになりますのでと手で行き先を示せば、「相変わらず大変ノリがよろしいようで」と実に楽し気な笑い声が返ってくる。

「まあ、『うっかり』には乗るが吉って学んだので」
「へえ、そのお話聞かせていただいても?」
「そんなそんな、人にお話しするような大層な話ではないので」
「では、ボクが先見の明に長けているというお話をしましょうか?」
「なんて?」

随分とわざとらしい物言いでの唐突な言葉に眉根を寄せれば、ふふんと鼻を鳴らした黒尾が「高校の時声掛けたのはみょうじでよかったって話」と言った。
それに一度瞬きを返したわたしは、こんな胡散臭いことある?とひっくり返った声で笑った。

220222
わたしの春を青くしたひと
title 星食

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