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 ここは『名探偵コナン』の世界。そして、私は前世の記憶を持つ転生者。所謂、転生トリップをしたという事だ。
 何の因果なのだろう。神様の悪戯、あるいは運命の悪戯だとでも言うのだろうか。
 大好きだった漫画の世界に転生をするなんて、御伽話の様な出来事がまさか自身の身に起ころうとは。それも、前世の推しだった降谷 零が今世の旦那だなんて。
 流石に想定外の出来事だ。こんな事、誰が想像出来ただろう。少なくとも、私は出来なかった事だ。
 その事実に気がついたのは、つい先ほど。それまでは、自分が転生者であることなんて知りもしなかった。それと言うのも、前世の記憶を思い出したのが、ほんの数分前だと言うだけの話。
 あぁ、なんて事だろう。まさか、昼寝をしただけなのに記憶が蘇るなんて。そんな事、誰が思い至るのだろうか。
まだ寒いとは言え、昼間は外から入る太陽の光が暖かく、横になれば私の眠気を誘った。欲望のままに夢の世界へと旅立った事が原因なのだろうか。
 それはまるで走馬灯の様に、あるいは古い映画の様に、一つ前の自分の人生が映像として流れたのだ。想起とも言うのだろうか。

 そうして、今が二度目の人生だったのだという事が分かった。
 こんな摩訶不思議な事が起こり得るのかと、今でも信じられない気持ちも強い。あれはもしかして、唯の夢だったのか。そう思えても仕方ない事なのだ。しかし、残念な事に夢なんかではない。何故なのかわからないが、夢ではないと思えた。
 何とも不思議な事だ。
 しかし、本来であれば嬉しい状況なのだろう。
 だと言うのに、私は手放しに嬉しいとは思えなかった。これは今までの自分の行いのせいではあるのだけれど。記憶が戻る前までの、ね。
 私は確かに降谷さんと結婚している。しかし、ここ最近では彼が帰って来ていない。この部屋の惨状と私との結婚生活のせいなのだと言う事は、十分に理解できている。
 そもそも、私と降谷さんの結婚は恋愛によるものではない。理由は聞いていないけれど、きっかけなら知っている。
 ある日、いきなり親に部下と結婚しろと言われたのだ。当時の私は、不思議に思いはしても、深く考える事もなく素直に頷いた。それがいけなかったのかもしれない。
 今思えば、恐らく政略結婚の類だったのだろう。降谷さんも上司に言われて仕方なく了承したのではないだろうか。
 だからこそ、私と彼の間には何もない。
 その上、私には生活力なんてものは存在していなかった。料理を始めとする家事をする能力は何処かに置き忘れたのだろうか。
 とっ散らかった部屋を、改めて見つめると頭が痛くなる。いやはや全く。どうして、こんなになるまで放置をしていたのだろうか、今までの私よ。小一時間ほど問い詰めてみたい。いいや、それだけじゃ足りないかもしれない。
 さらに言えば、料理ができないからと言って、一度も努力する事もなく諦めていた。栄養の偏りも甚だしい惣菜や弁当ばかり。
 洗濯だって、目も当てられない。

 本当に酷いものだ。これで良く離婚されなかったと思う。逆の立場なら真っ先に切り捨てる自信がある。それだけが不思議でしょうがないのだけれど、私が彼の上司の娘だという事が大きいのかもしれない。
 もしかして、ずっと我慢をさせていたのか。そう思うと、申し訳なさで胸が一杯になった。ついでに頭も抱えたい。
 これは駄目だ。絶対に駄目。
 今までの私に、降谷さんへの気持ちがあったのかなんて分からないけれど、記憶の戻った今なら少なからずある。だって降谷 零という人物は、旦那である以前に前の人生からの推しでもあるのだから。
 推しである彼に、これからも同じ様な辛い生活を遅らせる事ができるだろうか? 答えは勿論、否。どうしたって出来るはずがない。絶対に無理である。
 それならば、どうするべきなのか? なんて、そんなもの分かりきっているではないか。改善するのだ。今の生活を全て。
 手始めは、やはりこの部屋の惨状を如何にかする事だろう。綺麗さっぱり片付けて、それからは料理の勉強でも始めようか。如何せん、こればっかりは前世から苦手だったのだから。
 後は、洗濯物もやり直した方が良いだろう。
 目先のやる事は決まった。後は行動に起こすだけである。頑張れ、私。生活改善をしていかなければ、色々な意味で明日は無いと思った方が良い。
 ある程度、落ち着いてからは降谷さんと話をする事も必要だと思う。今後の事を。
もしも、これ以上は無理だと思っているのならば、離婚する事も考えなくてはいけない。流石に私から父に言えば何とかなるだろう。
 それは悲しい事だけれど、自業自得でもあるのだから、私が悲観する資格はないのだ。
 やはり、最優先に考える事は推しの幸せであり、望むべき事は推しの心からの笑顔。それに尽きる。
 私なんかでは、きっと降谷さんを幸せに出来る筈がないのだ。例え、不幸にする事は出来たとしても。自分で自分を殴りたくなって来るのは仕方ないだろう。
 彼は然るべき人と、幸せになるべき人である。しかしそれは、間違いなく私ではない。
 ため息を一つ吐いた。そして、掃除の為に服の袖を捲って窓を全開にする。籠もっていた空気は外に流れ、逆に部屋の中には新鮮な空気が流れ込む。
 外から入る風は、やはり冷たい。まだ春には遠い季節なのだから仕方ないのだけれど。しかし、どうせこれから動くのだから、逆にこの位が丁度良い塩梅になるだろう。
 むしろ、動いてさえいれば身体も暖かくなるというもの。それならば、この寒さも時期に問題なくなるだろう。そうだ。そうだよ。

 よし、断捨離のお時間ですよ!

 引き出しの中から、束のままゴミ袋を引っ張り出して、その内の一枚を取り出した。要らなそうな物を片っ端から、その中に放り込んでいく。思い切って捨てていくのも、何だか楽しくなってきた。
 部屋の中を片付け終わった頃には、てっぺんに登っていた太陽は、すっかりと傾いてしまっていたのだ。
辺りは薄暗く、もう直ぐ夜が訪れる。

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