結局私は都合が悪いので悟が好きなめちゃくちゃ甘いドリンクを有名カフェでテイクアウトして悟のマンションに向かった。インターフォンを押すと数日ぶりに目にする悟は夏油君の話通り見事に暗い表情をしている。やっぱりか。と思いながらドリンクを買って来たよなんて言うと力ない「ありがとう」が返って来た。私が都合悪いと思ったけど違う。
明らかにこれは都合が悪いのではなく罪悪感だ。

悟の部屋に入って私はソファに座って自分様に購入したコーヒーを飲んだ。
悟が私の隣に座って黙って買って来たドリンクを飲んでいる。気まずい。と思ったら悟が私の顔を覗き込んで来た。サングラスの隙間から綺麗な瞳が私を捉える。

「あのさあ、僕傷付いたんだけど。流石に。」

『…本当にごめん。なんていうか、ごめん。』

「別れる、とかそういうのじゃないよね?」

『そんなつもりは無かった。…ちょっとパニックになって…硝子のとこ逃げちゃって…』

「はぁ…何でプロポーズしてそんな逃げられなきゃいけないか分からないんだけど。
あのさあ、僕ってめちゃくちゃ優良物件じゃない?自分で言うのもなんだけど。
術師としては最強で、収入も貯金もめちゃくちゃあって、その上見た目もいい。」

『…自分で言っちゃう所がなあ…はぁ。』

「いや、性格に関しては自覚してるから大丈夫。でも、僕の性格に関しても名前とは上手くやって来たでしょ。」

悟はぺらぺらと喋り始めた。ようやくいつもの悟に戻ったような感じがして少しだけ罪悪感が減る。いや、悪い事をしたのは私なのだけど。完全に悪いんだけど。
こうして居ても悟の事は好きだと思う。悟の言う通り確かに優良物件とやらで間違い無いと思う。悟が結婚しようと言えば喜ぶ女性は沢山出て来るだろう。
別に自分を卑下するつもりはないけれど、悟が選ぼうと思えば実際の所いくらでもいるのだ。

『まあ、うん。悟とは上手く行ってると思ってる。んだけど、結婚ってなったら私の仕事は?とか色々考えちゃてパニックになった。』

「続けたければ続けたらいいし、辞めたかったら辞めたらいいでしょ。
まあ、名前が辞めたらあまりいい顔はされないだろうけど。結構な戦力だしね。」

『そんなアッサリ??』

「で、他には?」

『えっと…悟と私って自分の部屋お互いに持ってるじゃない?それが結婚とかして一緒に暮らすようになって上手く行くかどうかも分からないし。』

「僕はそんな事考えたことも無かったよ。まあ正直僕は一人で過ごす時間も好きな方なんだけど名前がそこにいつも居てくれたらいいなあって思ったからプロポーズしたんだけど。それってそんな問題ある?」

簡単にサクサクと悟に言葉にされてみると、尚の事よく分からなくなってしまった。
何故そんな迷いなくあっさりと答えられるのだろうか。結婚してしまえば、違うと思っても逃げ道が無いと言うのに悟には迷いは無いようだ。あれ?このまま結婚してもいいのか?とさえ思うけど何処かしっくり来ないのには困ったものだ。
久しぶりに会ったから悟に触れたいとかそんな事は思うんだけど。
自分が結婚に関してここまで思い悩むタイプだと思いもしなかった。
それとも術師なんかずっとやってきたから感覚がおかしいのだろうか。
術師は皆口を揃えて言う。「感覚がおかしい。」と。目の前に居る悟もそうだし私も自覚はある。明らかに一般的とは違うのだ。

『あ、あのね。私悟と一緒に居たいとは思ってるんだよ。それは変わって無くてね。
けど結婚となるとまだしっくり来ない。上手く言えないんだけど私ただ今を生きてるというか…それが未来の事も考えるとなると…追い付かない。』

「まあ、呪術師ってそういう生き物だからね。…はぁ…うん。そうだなあ。」

『…な、なので暫く待って貰えたら嬉しい。』

「僕も悪かったよ。なんて言うかさ、名前がオッケーするものだと思ってたから。」

ぐさり、と悟の言葉が刺さる。だけど付き合い立ての頃というか、高専時代で法的に男性が結婚してもいい年齢の18歳の私なら何も考えずにうんうんと頷いて居ただろう。
私はその頃の何も考えずに突っ走れる自分の感覚で居たかったとさえ思った。
気まずくなって居たら悟に抱き締められて、私は咄嗟に手に持っていたコーヒーをテーブルに置いて抱き締め返した。

「…とりあえず、結婚は保留でいいから。仲直りしよう。
別に喧嘩してるつもりもないけど。」

『うん。』

「名前、好きだよ。」

そう言って悟にキスされて唇を重ねてどちらともなく自然に唇を何度も重ね合わせて舌を出して絡め合って行く。この感覚が好きだ。溶けて行くような感覚。
優しくそのまま抱きかかえられて、ベッドに運ばれる。そして触れ合っていけば私は何も考えずに久しぶりに悟に触れる事が出来て、触れられる事が出来た。
夢中になって触れ合っていればいらない事を考えずに済む。

散々夢中になって触れ合った後、悟のベッドのシーツの感触を感じながらやっぱり私はこの場所を気に入っていると思った。
結局なし崩しにそう言う事をしちゃって話し合いはうやむやな状態になってしまった。

『ねえ、悟。私ちゃんと悟の事好きだよ。』

「分かってるよ。」

だけど、私もいい加減何かしらの答えを出さないといけないとも思った。
指輪は恐らくベッドサイドのテーブルの引き出しに仕舞われたままだ。



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