*夏油視点です


ここ3日程、疲労が溜まっている。教職だけなら構わないんだけど何だかんだ任務も重なりに重なって睡眠時間が思いきり削られているだけじゃない。酒を飲みながら今向かい合っているのは書ききれていない報告書の山だ。いい加減手をつけなくてはならない。
えーっと、5日前に対処した呪霊ってどんなのだったっけ?と自分に問いかけてみて数分後ああ、と思い出す程度には疲れて居る。のろのろと作業をこなしていると時計は深夜を回って居た。早くこの書類を終わらせてしまって眠ろう。そう思うと飲んでいるアルコールがどんどん染みわたって行くのを感じる。この時間が何だかんだ私にとって幸せな時間でもあったりするのだ。
浸りながら作業をしていると、こんな時間にインターフォンが鳴った。
しかも連続で3回。こんな時間にこんな非常識な事をするのは、一人しか居ない。
部屋を間違えている住人でなければ一人しか存在しない。一度舌打ちをしながら立ち上がるとやっぱりモニターに映っているのは想像通りの人間だった。…やっぱり君か。悟。

無視してやろうか、そんな気持ちが浮かんでオートロックを開ける事もせず応答もせず居ると更にインターフォンが鳴る、4、5、6、…15回め。
流石に根負けした私はボタンを押して応答して「上がって来ていいよ。」とため息を吐きながらそう言った。
しかし珍しいな、こんな時間に…と思って悟が上がって来るまでの間に音を消していた携帯電話を見て居ると悟から着信が嵐のように来ていた。
ただ事では無いのだろう。そう思って玄関先に行って鍵を開けてドアを開くとルームウエアのまま着たのだろうか余りにラフな格好をしてサングラスをしている悟が脱力しながら勝手に私の部屋に入って来た。

「悟…あのね、今何時か分かってるのかな?」

「うん。」

「私報告書あげないとまずいんだよ。だから…聞いてる?」

「うん。」

その辺りで更に悟への違和感が増す。あの悟が大人しい?これは天変地異なのか。
深夜帯だから気を遣って静かにするなんて悟の辞書には無いだろう。
流石に気になって悟の顔を覗き込んだ時心の中でげ、という言葉が浮かんで何なら声に出してしまったかもしれない。

「悟…もしかして君、泣いてる?」

「うん。」

「……あの、後で聞くからとりあえずソファに座って大人しくしてて。」

「うん。」

私は悟の顔を見てすっかり説教をする気を失ってしまった。
悟は素直にソファに座り込んで俯いてしまっている。術師最強の男とはとても思えない。
こんな悟を見るのは私でさえ初めてだ。のろのろと進めていた報告書を急いで片づけていると悟が人のキッチンへ勝手に歩いて行っているのが見えたが勝手に私の冷蔵庫を漁る辺り悟らしい。まあ放っておこうと思って作業を進める。
報告書がもうすぐ終わる、と思って不意にソファに視線を移すと悟が無駄に長い脚を投げ出してソファで横たわっていた。眠っているというより崩れ落ちている感じだ。
まさか、と思って悟の目の前を見ると私の酒の缶が置かれている。

「悟、君酒飲めないじゃないか。何やってるんだ?」

「傑ー…吐きそうーどうしよう。」

「お願いだからトイレへ行ってくれ、部屋で吐くのだけは辞めてくれ。」

「傑の酒まずい。」

「甘いのなんて置いてないからね。そんな事はいいからトイレ行ってくれ。」

「運んでー傑。」

女性ならまだしも何故私がこんな大きな男を運ばなければならないのか、そう思うけれどここで吐かれたら適わない。だから私は悟を担いでトイレの便座の蓋を開けて悟をトイレへ放り込んだ。トイレのドア越しに情けなく唸っている声が聞こえる。
一体何だって言うんだ。私が何かしたとでもいうのだろうか。何故疲労続きで親友の無様な姿を見てトイレを占領されなければならないのか。大きなため息を吐いていると、青い顔をした悟がトイレから出て来たから洗面所へ行くように誘導した。
洗面所で口をゆすいだ悟に、水を差し出すと悟が小さな声でぽつりと話始めた。

「僕さっき名前にプロポーズしたんだよね。もうそれは熱い夜を過ごした後に最高のムードで。で、指輪もちゃんとしたのを用意してプロポーズしたんだ。」

「へえ、良かったじゃないか。何となく私もそろそろかなと思って居たよ。」

「で、絶対オッケーだと思うでしょ?傑も今思ったよね。
思っただろ。」

「うん、まあね。」

「そしたらどうなったと思う?急いで服着て名前が僕の部屋から逃亡した。」

「え?」

「僕の台詞なんだよ、それ。本当に居なくなった後100回くらいはえ?って言ったかもしれない。」

「逃げられたの?返事は?」

「逃げられたから勿論無い。これ、フラれた?」

返す言葉無しとはこの状況だ。何故名前が逃げたのかは私にもさっぱり分からない。
何故なら高専時代からこの二人は付き合っていて、子供のような喧嘩を繰り返していた時もあったけれど仲は良かったし悟が言う通り熱い夜を過ごしてたというのも容易に想像できる位は上手く行ってた筈だ。
状況を聞いて私は悟にすっかり同情してしまった。確かに私が同じ立場でもこんな風に絶望的な顔をして絶望的な行動をするだろう。
同じ男なら、恐らく皆が同意するだろう。
悟に妙な言葉を返す前にとりあえず、寝かせよう。そう思って今度は水を飲ませて私のベッドに誘導した。

「傑…何か言ってよ。っつーか何か言えよ…」

「いいから、悟早く寝なよ。そしたら少しは落ち着くよ。」

そう言って強制的に寝室の明かりを消した。
しばらく様子を見張っていたけれどまた酒を飲む様子も吐きそうな様子も無いので私は残りの報告書に手をつけながら、この状況をどうしたものかと頭を悩ませていた。


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