私と悟はもう恋人になってから長い。高専時代から付き合っている私達だけどあの頃のように毎日のように顔を合わせるという事は無くなった。元々悟は学生時代から忙しかったが、私も忙しくなった。悟は高専卒業後、そのまま夏油君と高専教師になる道を選び呪術師も兼任している。特級でありながら教職まで兼任している二人の事は本当に凄いと思っている。
だって私は呪術師の任務だけで手一杯だ。悟と会わない日は大抵報告書を纏めて重い身体を引きずってシャワーを浴びて、スキンケアをしたらベッドにダイブするだけの毎日だ。
今日は悟の部屋に着ていて、久しぶりに会えたものだから悟も嬉しかったのだろう。
「今日泊まって行くよね?」と聞かれて笑顔で頷いた。

悟の部屋は広い、広すぎて落ち着かない。何度も来て何度も泊まっているし何ならここから任務に向かう事すらあるのに慣れない。これが特級術師とそうでない術師の差なのかとため息すら出そうになる。タワーマンションの高層階なんて私が住むのは絶対に不可能だ。
それだけで振込されている給料が飛んでしまう。
そんな悟の部屋には私が泊まるようになって私の荷物やスキンケアの道具達が当たり前のように存在している。私自身の部屋にも勿論存在しているが、ここにあるだけでやけに私の荷物達も妙に合わないものになっているような気さえしてしまう。

キングサイズのベッドに寝転んでぼんやりと考え事をしていた。先程まで悟とする事をしていたから衣服は身に着けていないけれど悟が選んだシーツは肌触りが良い。
私はこのベッドの中だけはやけに気に入って居た。簡単に部屋着を着ている悟が嬉しそうに寝転んでいる私の隣に座って私の頭を撫でる。大きな手に撫でられるのは好きだ。
だけど悟がこんな表情をしている時は大抵あれなのだ、一回で終わらないというサインだ。対する私は眠い。悟の事をいくら好きでも眠い。撫でられながらこのまま眠ってしまおうと思った時、悟がベッドのサイドテーブルから何か小さな箱のようなものを取り出して私に差し出した。

『悟?何これ。』

「何だと思う?名前が絶対喜ぶものだよ。」

『私誕生日でも無いのにプレゼント?』

重い身体でずるずるベッドの中を這って悟側の枕に置かれた黒い小さな箱を開く。
悟は時々とんでもない事をする。私が使い勝手良さそうで物理的に頑丈なバッグがそろそろ欲しいなと呟いたら次に会う時に某有名ブランドの大きなバッグを持って来たりする。
私が物理的に頑丈なものを言ったのは壊れにくさを重視してたからであってこんな大層なものが欲しかった訳じゃない、と言ったが「いいじゃん。似合うって。」とあっさり一言で片づけられた。そのバッグは使うには怖すぎて結局箱に入ったまま私の部屋のクローゼットの中だ。
今日は一体何だと言うのだろう。そう思って箱を開けるとケースが出て来た。
これはアクセサリーだろうか。箱にあった文字がどこかで見た事あるような無いような気がする。ケースを開けると、そこには私の指の第二関節全部埋まりそうな大きさの透明な宝石が着いている指輪が目に入る。

『さ、悟これ…』

「んー?そうだよー。びっくりした?」

何がそうだよ、だ。口をパクパクさせて悟の方を見ても悟はニコニコしたまま私を見つめている。薄暗い照明の中でもきらきらと光るこの石は明らかにダイヤモンドだ。

『びっくりするよ、そりゃあ。…これ、私似合わないって。』

「違うデザインが良かった?じゃあ買い直…」

『待って待ってそんな軽く買い直しする値段じゃないでしょ。』

「値段は別に気にしないんだけどさ。やっぱり婚約指輪だから買い直しするのって縁起悪いでしょ。」

『い、今なんて…』

「婚約指輪、って僕言ったね。」

婚約指輪、とあっさり言われて私はさっきまでの身体のだるさが吹き飛ぶのを感じた。嬉しさで全て吹き飛んだのではない、驚いているのだ。確かに私達はそういう年齢かもしれない。明らかに世間で言う適齢期だ。長く付き合ってるし、全然不自然じゃない。だけど、待って欲しい。婚約指輪を受け取るという事は結婚するという事だ。
結婚…私と、悟が?私はまだ百歩譲って良いとしてあの悟が?

「名前、愛してるよ。僕と結婚して。」

不意に顔を近付けて私の顔を覗き込んで甘い声で悟はそう言った。
ガラス玉のような綺麗な青い瞳が私を見据えている。悟がキスしようとして私に顔を近付けようとした時に、連想ゲームのように私の頭の中で色んな単語が浮かんで来た。
結婚、呪術師、仕事、悟、悟の家、御三家が一つ五条家………
もう最後の言葉が浮かんだ時駄目だった。咄嗟に悟の肩を押し返し『めちゃくちゃ急用思い出した。』そう言って驚いてポカンとしている悟を置いて必死でベッドサイドに落ちている私の衣服を着て、バッグを掴んで私はあろうことか悟の部屋から逃走していた。

何故か、悟から逃げていた。

そして悟のマンションを出て急いでタクシーを拾って硝子に電話をかけた。
そうしたら、今一人で飲んでるって言うから私はタクシーの運転手に硝子の居る店を伝えた。そして店に着くなり急いで硝子を探すと結構飲んでいるだろうに素面状態に見える硝子が目に入ってやけに安堵した自分が居た。

「こんな時間にどうした?五条と居るとばかり思ってたよ。」

『…しょ、硝子…悟からプロポーズされた…』

「良かったじゃないか。で、何でそれで私の所に来てんの?」

『……あの、私、それで逃げて…来ちゃ…った』

「…は?」

『だから、逃げて来ちゃった…パニック起こして。』

硝子の二度目の「は?」という反応を聞きながら私は硝子の隣に座ってアルコール度数の高いカクテルを注文した。

純粋にパニックを起こしたのだ。付き合うのは全然問題無かった。
だけど、結婚ってなると両手放しで喜んで悟のキスを受け入れられる程私は純粋な子供のままでは無かった。もう大人になっているので考える事が多過ぎる。


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