イザナと埠頭で、理由も無く私達は隣あって座って居た。 手は伸ばせば触れる距離だけど、どことなく今イザナに手を伸ばすのは憚られて私は手を伸ばしたい気持ちを抑えて自分の膝の上に手を置いたままだ。 ざあっと波が押し寄せる音がする。それを眺めて、また波が引いて行くのを私はぼんやりと見て居た。 別にイザナに「触るな」と言われた訳じゃない。ただ、ぼんやりと海を眺めているイザナに勝手に触れるべきではないと思っただけだ。 私とイザナは付き合っている。だけど、友人の彼とイザナは全く違う。 不良だから、喧嘩をするからとかではない。イザナは、友達の彼氏達と違って独特の感性を持っているという意味で違う。 だけど私はそんなイザナに惹かれた。だから、イザナという人間がどんな倫理観を持っていようが、何をしようが関係ない。 ただイザナが私を選んでくれた。それだけで良いのだ。 人からしたら滑稽に見える関係だろう。不安定な関係性だろう。 だけど、違う。それは私とイザナにしか分からないし、誰にも分かって貰おうなんて思ってすらいない。理解して貰う必要もない。例え、親でも。例えば兄弟だとしても。 親友でも。私とイザナの事を理解して貰う必要なんてない。 ここに在るのは私と、イザナしか分からない感情だ。 それが歪んでいるだとか、世間様の言うおかしいだとしても構わないのだ。 静かに波を眺めて居たら、イザナは海の方を見たまま。 静かに、本当に静かに言葉を吐いた。 私はそれを一度咀嚼するように一度息を飲んだ。 「なあ、名前。セックスって何だと思う?」 『さあ、何だろう。』 イザナがどういう意図でそういう言葉を言ったのかは、私にも分からない。 だけど私の答えとして『さあ、何だろう』だったのだ。 曖昧な答えなのだけれど、それは適当に返したものではない。 イザナの方へ視線を向けるとイザナのピアスが海風で揺れている。 綺麗、と私は思った。ただそれだけの事で。 ただ、物が風で揺れるという自然現象を。美しいと思ったのだ。 「だって、そんな事したってひとつ、にはなれねえだろ。」 『まあ、繋がる事は出来てもそうだね。』 イザナの言うひとつ、というのは私とイザナという個体である個人が、ひとつの人間として個体になれないという事であっているだろう。 もしそんな事が叶うならば、私はきっと命すら差し出すだろう。 イザナが望もうが望ままいが。 ふわりと強い風が吹いて私の髪が宙に浮いた。 瞬間、イザナは私の方を見て私の頬に手を伸ばした。 「ひとつになりてえよ。俺は名前と。」 『…うん、私もなりたい。』 「心臓も、目ん玉も、皮膚も全部。」 『うん。そうなったら呼吸するのもイザナの肺でするって事だね。 食事を摂るときもイザナの口って事だよね。』 「そう。」 『安直にだけど、ねえ。イザナ。 そんな方法私は知らないから。イザナにして欲しい事があるの。』 「何?言えよ。」 『キスして欲しい。』 ねえ、イザナ。本当に、心臓も肺も胃も脳ですら。 ひとつになりたい。だけどなれないから、私達は別の個体で産まれちゃったから。 ならせめて別の個体としてイザナの皮膚に触れたいんだよ。 ただそれだけ。 そう言おうとしたかったけれど、イザナはそれを汲み取ったかのように、そっと顔を傾けて私の唇に唇を重ねた。 ああ、私達は別の個体だ。 だけど、こうして触れられるのは別の個体だからだ。 目を閉じ、イザナの手を、指先を、唇を感じながら私はそんな事を思う。 不意にイザナの唇が離されて、イザナは一度だけ私を強く抱き締めた。 まるで、ひとつになったかのように。 ああ、そうか。 こうしていたら、ひとつだ。 イザナは手を離して、さっきのようにまたぼんやりと海を眺め始めた。 私もつられるようにして同じように、全く同じリズムを刻む波を眺める。 海の香り、潮の香が私の中に残っている余韻を更に染みこませて行く。 きっと、この香りも感覚も。 何があったとしても私は忘れる事は無いだろう。 そしてイザナ以上に愛せる人はきっと存在しないのだろう。 「名前、俺の唯一無二で居ろよ。」 静かにそう吐き出された言葉に私は、黙って頷いた。 勝手に表情が緩んでしまう。 それを見たイザナは不意に、無意識だろう。 表情を和らげ。穏やかな表情で私を見た。 ねえ、イザナ。 例えば。この世界が。例えば自然現象で波が満ち引きすることが。 太陽が昇ったり、月が光を照らしたりする事が無くなっても。 この世界が無くなったとしても。 私が消えたとしても。 私の唯一無二は、イザナ。 あなただけです。 end |