人なんか簡単に裏切る。あっさりと、簡単に。そんな事は分かってる。
知ってるんだよ、俺は。だから目の前に居る名前に期待してるけど期待はしてねえ。
矛盾してるかもしれないけどこれが俺だ。
だって、明日名前が別の男の事好きになったら?俺の事嫌いって言ったら?俺はどうなる?

本当は思ってもねえのにヘラヘラしたり、楽しくもねえのに笑って、笑って、名前が俺の事を好きで居るようにって必死で笑いかけて。俺の腹ん中なんかぐっちゃぐちゃだ。
けど名前はそれを知らない。ニコニコ笑ってる羽宮一虎が俺だと思ってる。
不良って事位は知っては居ても、名前にとって害の無い不良だ。

だって怖いんだよ。怖い、怖くて仕方ない。名前が俺を嫌いって言ったら?
私が思ってた虎ちゃんじゃないって言われたら?俺はどうすればいい?
そんなの全部壊すしかなくなるだろ。名前の事も、全部、全部、全部。

名前の部屋でそんな事を考えてたら息が上がって来た。やべえ。早く落ち着かねえと。息、ちゃんと吸って。吐いてしねえと。もうすぐ名前が飲み物持って戻って来る。名前、名前のものに触りたい。そう思って気付いたら名前のベッドの枕掴んで抱き締めてた。名前のシャンプーの匂いがする。
俺のだ。俺の名前なんだ。これも、そう。枕だってそうだ。名前のものは俺のもの。俺は全部名前のものだ。
だから笑顔貼り付けねえと俺の顔に。そう思っているとドアが開いて、コップに多分コーラらへんだろう。色的にそんな感じ。それを持った名前が俺を見てきょとんとした顔をした。

『虎ちゃん何やってるの?』

「ん?名前が居なかったから寂しかっただけ。」

そう言って枕を手離して首を傾げる。リンとピアスの鈴が嘘を吐くな。というかのように音を立てる。ああ、そうだよこんなのニセモノの羽宮一虎だよ。
うるせえな。顔が引きつりそうになる。ダメだ、駄目だ、出すな顔に出すな。
名前、名前。お願い、お前の好きな俺だけ見てて。

そっとテーブルにジュースを置いた名前の前に立って優しくほっぺたに手を伸ばす。
この皮膚も、柔らかさも全部全部全部俺のだ。ああ、やべえ。溶けそう。
俺の皮膚と名前の皮膚が触れる。
なあ、名前。お前は裏切らないよな?俺の事裏切ったりしないよな?

『どうしたの、虎ちゃん。なんか怖い顔して?』

「え?全然。んな顔してねーよ。真剣に名前の事見てただけ。」

騙されててくれ。ずっとずっと。俺が、腹の中からどす黒い感情が出ないように。
騙されてくれ。そして裏切らないで、嫌わないで。
そう思っていると、名前が俺の頬に手を伸ばして俺の頬に触れた。
俺がしたように、優しくそっと。


『虎ちゃん、言っていいのに。何で言わないの?本音。』

「……は……?」

『虎ちゃん、いっつも無理して笑ってるでしょ?しなくていいのに。そんな事。』

「…お、れ…むり…なんてして…ねえ…」


ああ、これも嘘、嘘ばっかりだ。裏切ってんのは俺なのか?
変な汗が出る。じわじわと余って居る片手を握り締めていたらそこに汗がたまる。
『いっつも無理して笑ってるでしょ?』って何だ?
いつも、ああ、そうか。名前は俺のニセモノの羽宮一虎は好きじゃなかったのか。
ドクンと、心臓が鳴って口から出るかと思った。
次の瞬間気付いたら俺は名前の肩にしがみついていた。
勝手に、鼻の奥が熱くなって、ぼろぼろとだせえ涙が落ちて行く。
止まらない。


『…虎ちゃん…』

「なあ、俺どこで間違えた?名前、名前が好きそうだから笑ってたんだよ。
名前が、俺の事好きだって言ったからそのまんまで居た。
けどその俺の事嫌いなんだろ?なあ!」

『私、そんな事言ってないよ虎ちゃん。
ただ、見せて欲しいだけだよ。本当の虎ちゃんを。私は虎ちゃんが好きだから。』

「は?は?は?ほ、ほんとのおれ?そんなもんねえよ…ねえんだよ…本当の俺?」

『無いなんて事、ないよ。何でもいい。私の前の虎ちゃんでもいい。
ねえ、涙出てるって事は苦しかったんでしょ?見てて苦しそうだったよ。

無理させてるなって。』

「きらいじゃない?」

『うん、嫌いじゃない。大好き。

…違う、愛してる。』

「あ…い、し、て…る?おれのこと?」

『うん。愛してる。』


そう言って名前は肩を掴む俺の手の上にそっと手を乗せて微笑む。
ああ、この笑顔は嘘じゃねえか?なあ、視界が歪むんだよ。涙のせいで。
どうせ人は裏切る。けどこれだけはほんものだって信じても大丈夫?
傷つかない?俺怖くない?愛してるってそういう事だろ。全部全部受け止めてくれて受け入れてくれて。俺もそれをするって事だろ?


「名前、俺も愛してる。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ名前の事ぜんぶ。」

『うん。私もだよ。だから見せてね?』

「なあ、名前…裏切るなよ、嫌いに…ならないで。」

『ならないよ。愛してるんだよ?』

「俺らガキなのに?んな事言いきれるのか?先で離れたら?なあ、俺の事ずっと好きなんて言えんのかよ!」



『子供だから言っていいんじゃない。夢見たっていいじゃない。
私はずっと虎ちゃんと居たい。だから夢見てる。

嘘みたい?信じられない?でも私はそう思ってるよ。
二人で信じてたら大丈夫だよ。』


名前の肩を掴む手が脱力してしまって、そのまま縋りつくように名前を抱き締めた。夢なんて見ちゃ駄目だと思ってた。本当の願い事なんてしちゃいけねえって。
あれ?誰のせいだっけ?けど俺は名前の事では夢みていいのか?
ぶち壊すかもしれねえのに。それでもいいのか?

抱き締めてる名前の感触があるのに、ここに有るのに足りない。
足りない、足りない。
まるで触れ合ってる箇所が泡みたいに溶けていくように感じる。

なあ、名前ずっとずっと俺だけのものでいて。
俺もそうするから、だから、だから。
消えちまわないでくれ。俺は名前が居ないと生きていけない。


end



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