あれから数か月が経過した。私は、傑の所へ来た時と変わらずに過ごしている。時折傑に触れて、笑って、その繰り返しをしていたらあっという間に季節は変わった。
徐々に高専の人達の事を考える時間が減って来た。
一度、傑が硝子と五条君に会ったらしい。焦る私を余所に傑はその時の事を淡々と話した。
「硝子は元気そうだったよ、悟とはやっぱり分かり合えなかったかな。」とどこか寂しそうに話していた。だけどそれ以来傑が硝子や五条君の話をする事も無くなった。
今日は夕焼けが綺麗だなと思いながらこうして久しぶりに思い出す位になった。
だけど、罪悪感のような感情は消えて行く。こうして私は変わって行くのだろう。

そんな事を思って居たら、たまたま部屋に居た傑が後ろから私を抱き締めた。
「名前、ちょっとこっちにおいで。」そう言って抱き締める腕がリアルなのだ。感傷に浸ってもその日々は戻らないし私は戻らない。

傑に手を引かれて部屋に入ると、美々子ちゃんと菜々子ちゃんが少し離れた所に立っていて、私達が部屋を歩いていると私達の方に小さな何かを投げる。
舞ったのは、花だった。二人が小さな籠を持って一生懸命に撒く小さな花からふわりと甘い香りがする。

『傑?これは?』

綺麗、だな。なんて部屋にふわりと舞っては落ちる色とりどりの花を見ていると、傑は少し得意げにしている美々子ちゃんと菜々子ちゃんの前まで歩くと、私を優しく見下ろして
「私達の結婚式だよ。」そう言った。そしてポケットから、小さなケースを取り出して私に見せる。銀色のつやつやした指輪がそこにはあった。

「名前、あのね。私が猿共の神様や仏様なんて存在になれるんだから神様なんて私は信用してないんだよ。だから何に誓うかなんて実際の所分からないんだ。それに本当はあまりこういう事に興味は無い。
だけど、君とならいいかな、なんて思ったんだよ。

だから美々子と菜々子に協力して貰ってね。」

『…うん。』

何だか、妙な気持ちになった。私達は決して外で出会う人達のように地に足なんか着いていない。そもそも傑を選んだ時点でそう言った選択からは外れてしまう。
だけど私は選んだのだ。私の左手を取って傑は困ったように笑った。

「受け取ってくれるかな?」

『勿論。…ありがとう。』

「私はそうだな、神なんて架空の存在に誓うなんて事はしたくないから名前に誓うよ。私が、君の傍に居る間。万が一居なくなったとしてもそれでも名前の事を想ってるよ。」

『じゃあ、私も傑に誓うよ。私もずっと、傑の事を想ってる。私がどうなったとしても、だけどお願いがあるの。出来るだけでいいから、傍に居てね。』

「私もそうしたいかな。」

傑は私の左手薬指に指輪を入れた。シンプルなデザインの指輪はよく見ると傑の左手にもはめられている。傑が言葉にした「私が居なくなったとしても」と言う言葉に『私がどうなったとしても』と返したのは、一見平和に見える小さな部屋のごっこのような生活だとしても、これは永遠には続かないかもしれないからだ。
傑だって分かっているだろう。私も分かっている。傑が綺麗や正しいと言われる行いをしてる訳では無い事も知って居る。
だけど、互いに誓う事は自由なのだ。

「夏油様、名前、おめでと。」

「おめでとー。」

たった二人に見守られながら、私達は小さな結婚式をして笑った。
久しぶりに傑が子供みたいな表情で微笑むのを見た気がする。

『傑、私がもし死ぬとしてもこの指輪ごと一緒に逝きたい。』

「そうだね、もしその時が来たら私も同じ事を想うかな。」

『だけど、本当に出来るだけでいいから傍に居てね。』

「二度目だね、私の事信用出来ないのかな?大丈夫だよ。少なくともそうだね、自分の大切にしてる主義も、君の事も守りたいんだよ。今度こそね。」

『信用してないんじゃなくて、これは願い事みたいなものだから何回も言いたいんだよ。』

私は願うのだ。少しでも、数日でも、数時間でも、例え数秒でも傍に居たいと。
傑が今度こそ守りたいと言葉を漏らした時、どこか、悲しそうに聞こえたから私が傍に居るよ。そう心の中で何度も呟いた。
私が傍に居るよ。私が出来る事は少しでも長い時間傑と居る事だから。
自己中心的に私は在るのだ。

「名前、愛してるよ。」

そう言う傑にもう、一人で背負わせたりしたくない。


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