傑の部屋に来てから、傑は必要なものを購入するお金を何処からか調達して来て私に定期的に渡した。出かけていいのかと聞くとそれは構わないとあっさりと答えられた。
美々子ちゃんと菜々子ちゃんを連れて一緒に買い物に行ったり公園で過ごしたりする日もあった。そこには驚く程平穏な日常があったのだ。
今日も部屋を簡単に片づけたら二人を連れて公園に行こうなんて思ってた矢先だった。
電源を切ったままにして放置していた携帯電話を菜々子ちゃんが私の方へ持って来た。
焦ってどこか触ったりして居ないかと思ったけれど部屋の片づけに夢中になってる間に美々子ちゃんと菜々子ちゃんの二人のどちらかが触ってしまった後だったようで私の手元に帰って来た時には消しっぱなしにしてた電源が入ってしまっている。

『これは玩具にしちゃ駄目だよ。ね?』

そう言って子供らしいな、なんて思ってすっと手を差し出すと若干申し訳無さそうに菜々子ちゃんが携帯を私に差し出す。多分画面が変わったから驚いたんだろう。
『怒ってないよ。』そう言って頭を撫でるとほっとした様子で菜々子ちゃんが美々子ちゃんの方へ走って行った。ふと携帯を開くと硝子からいくつかメールと、留守番電話が入って居る通知に目が行った。だけど、返信する訳には行かない。
早く、電源を落とさなきゃな。なんて思いながらも画像フォルダにある懐かしい写真に目が行ってしまう。スルスルとスクロールしながら部屋の片づけもそこそこに私は携帯に見入って居た。瞬間、着信音が部屋に響く。
表示された名前は五条悟。心臓がドクンと鳴った。明らかに危険を知らせて居る事位は分かる。自分の行動から編み出されるのはその答えしかない。

何で、今になって五条君が。焦って携帯の電源を切ろうと思ってボタンを押したつもりが通話ボタンを押してしまったようで息を飲んで携帯を耳にあてた。

『…もしもし。』

「まだ番号変えてねーんだな。」

『五条君、もう話す事は…ないから。』

「お前には無くても俺にはあんだよ。」

何というタイミングなのだろうか。本当に、子供が悪戯心で起こしたアクシデントに続いて私が携帯を見てる間にこんな事が起きたりするのだろうか。
早く、切らなくては。そう思って言ったつもりが電話口で聞いた五条君の切羽詰まったような声に気取られた。この人がこんな風に話す事なんて私が知る限り無かった。
傑が起こした事、そして立て続けに私もなのだから当然なのかもしれないけれど。

「なあ…名前。言えよ。助けろって。」

『何…言ってんの…』

「お前が一言そう言えば俺が全部どうにかしてやるから、だから言えよ。
助けろって。」

『…何でそんな事を…私が言うと思うの…』

「いいから、言えって!助けろ、迎えに来いって!」

五条君の大きな声が耳に響く。立ち尽くす私を見て不安になったのか、美々子ちゃんと菜々子ちゃんが遊んでいた玩具から離れて私の足元に来て服の裾をぎゅうっと掴んだ。不安だとでも言うかのように。
私は、傑に最初言われた言葉を思い出した。「嫌になったら、全部私のせいにしていいからね。」なんて言葉。
例えば、傑が嫌になって私を手離したとしても私はもう、高専には戻れない。
誰が許したとしても。自分で決めて、必死に走ったあの日にもうそれは決めていたのだ。

『五条君、私は助けてなんて言わないよ。』

「一言、言うだけだろ…マジでお前馬鹿じゃん。」

『そうだね。硝子に…ごめんねって伝えてくれると嬉しい。あと元気でって。』

「俺には何かねえの?」

『五条君、ごめんね。あと、ありがとう。』

そう言って私は一方的に通話終了ボタンを押した。そしてしゃがみ込んで不安げな二人を抱き締めた。ありがとう、と言ったのは五条君なりの不器用な優しさを感じたからだ。
それと、高専に居た時の事を色々思い出してありがとうという言葉が出た。
やりきれない思いを美々子ちゃんと菜々子ちゃんに悟られる訳には行かない。
そう思って笑顔で、『お出かけしよ。アイスでも食べよっか。』なんて言うと二人から不安げな表情は消え私は安堵した。
その後外へ出た時、やっぱり私が選択したのはこの日常なのだと二人と過ごしながら思う。



夜になって傑が帰宅した頃、もう美々子ちゃんも菜々子ちゃんも眠って居る時間になっていた。リビングに一人で居る私に傑が「ただいま。」そう言って微笑む。
そして傑に何も無かったかのように夕食を出しながら、今日の美々子ちゃんと菜々子ちゃんの話をしながら胸の奥にあるわだかまりを出さないように必死に口を動かした。

「名前、何かあった?」

そんな行動は無意味だったようで、傑は私が出した食事を咀嚼し終えて私を見据える。
私は分かりやすいのだろうか、もしくは傑が鋭いのだろうか。
そのどちらも当てはまるような気がした。隠すのも、何かおかしい気がして私は口を開く。

『…今日、携帯の電源入れちゃってね。そしたら電話かかって来てね。』

「誰からかな?」

『五条君。』

「悟は何か言ってたのかい?」

『助けろって、言えって…それだけ。』

そう言うなり傑は可笑しそうに笑った。

「あはは、悟らしいね。」

『私、それで。私は助けてなんて言わないよ。って言ってそれで終わり。』

「名前、ちょっとこっちにおいで。」

そう言って傑は食事を中断して私を手招きした。
そして私の身体を抱え上げて自分の膝に乗せる。

『傑、ご飯いいの?』

「ちょっとだけ、妬けちゃったかもしれないな。」

『何で?』

「名前は知らなくてもいいよ。今から一緒に風呂に入ろうよ。」

そう言って私を抱えてバスルームに運ばれる。
私は黙って傑にぎゅっと抱き着いた。
私は、決めたから。自分の行く末を。それまではこうして傑と過ごして居たいのだ。

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