早朝目が覚めたら、いい匂いがキッチンの方から漂って来ていて私はゆっくりと体を起こした。匂いのする方へ歩いて行くと傑が手際良く朝食を作ってテーブルに並べて居た。
子供用の小さなお皿にちょこんと乗せられた食事を見ると、不思議な気持ちになる。
美々子ちゃんと菜々子ちゃんと傑が言った子供はスヤスヤとまだ寝息を立てて居た。
話を聞けば傑が大量殺戮を行ったと高専で聞いたあの場所で助けて連れて来たそうだ。
不思議な気持ちになる。失われた命の多さの方が多いけれど、確かに傑は人を二人助けて居た。その行為は明らかに世間で言うと悪でしかない。呪術規定に基づかなくてもそうなのだ。だけど、私はシンクに立っていた傑の衣服の裾を掴んだ。悪、と呼ばれるけれど私の愛する人は確かにここに居る。

「起きたのかい?先に朝食を摂ってからシャワー浴びるといいよ。」

『うん。ねえ、傑。』

「どうしたのかな?朝から甘えたい気分なのかな?」

そう言って傑は目を細めて微笑んで私の頭を撫でて唇に軽くキスを落とした。
こうして過ごして居たらぼんやりとこの日常の中に現実が溶けて行く。
私は背伸びをして傑の頬にキスをする。そうしたら傑は嬉しそうに笑う。
少し子供みたいな顔をして。変えられない現実はどうしようもない。ならば、過ごせる時間を大切に過ごすしかない。他の誰に馬鹿だと笑われようが、蔑まれようが。

「そろそろ美々子と菜々子を起こして来るよ。」

そう言って傑は私の髪を撫でて寝室へと足早に歩いて行った。
寝室から「夏油様おはよー」なんて起き抜けから元気な声が聞こえる。
そしてバタバタと大きな足音を立てて初めて目を開いている美々子ちゃんと菜々子ちゃんがこちらへ来た。私を見て驚いたようでさっと傑の脚の間に身体を隠しておずおずとこちらを見ている。

「美々子、菜々子。そこに居る人は名前って言うんだ。私の大切な人だよ。
だから大丈夫。ほら、挨拶出来るかな?」

傑が二人の頭を撫でながらそう言うとひょっこりと二人が私の前に飛び出してきて、私の足元に来たと思ったらルームウエアのズボンにしがみついてじいっと私の事を見上げた。
可愛いな、なんて思って頬が緩む。

『よろしくね、美々子ちゃん。菜々子ちゃん。』

「夏油様のこいびと?」

「あはは、恋人なんて言葉どこで覚えたのかな?うん、そうだよ。とっても大切な人。」

「夏油様とおおきくなったらけっこんしようと思ってたのになあ。」

「私もー。」

「でも、名前の呪力はおちつくから、すき。」

「私も。」

この子達は傑の言った通り力を持っていて視える子達なのだった。私の呪力が落ち着くなんて言われたのは初めてだ。私はしゃがみこんで、二人に目線を合わせるようにしてぎゅうっと二人まとめて抱き締めてみた。単純に可愛いと思えたのだ。子供なのに大人びた事を言ってみたり、だけど子供っぽい所があったりして可愛い。
ぎゅうっと抱き締めたら子供特有の温もりが伝わって急に涙が出そうになった。
緊張感が解けたのだろうか。ただ、落ち着く。

『私も美々子ちゃんと菜々子ちゃんの事、好きだよ。』

傑から聞いた話の二人が年齢にしては、人としては余りに不遇過ぎる境遇に居た事を聞いて胸が痛くなる。きゅっと抱き締め返して来るこの子達は、本当に子どもだと言うのに。
そっと手を離してみえれば二人がきょとんとして私を見つめる。『ご飯、一緒に食べよう。』そう言うと素直に二人は傑が用意した朝食を並べてるテーブル前の椅子に座る。

「名前と夏油様はちゅーするの?」

「するよーこいびとなんだから。ぜったいするよ。」

「本当にどこで覚えて来るんだろうね。あはは、面白いな。」

『面白がってないで、止めてあげなよ。』

皆で食事を摂っていれば鈍く、鈍くこの日常に溶けて行く。
朝食を終え、私がシャワーを浴びたら傑は「ちょっと用事があるから出るね。」
そう言ってこの部屋を出た。
どこへ、何しに、とも言わずに行ってしまった。
する事を失って天気が良いから布団でも干そうかとベランダへ出ると眩しい光が私の視界に強く差し込む。何処に居ても、この光は浴びられるんだな。なんて思っているとベランダの地面に小さな箱にシャボン玉が入っているのを見つけた。
傑が買ったものだろう。

『美々子ちゃん、菜々子ちゃん。シャボン玉する?』

「するー。」

「私もするー。」

そう言って無邪気な笑みを浮かべてベランダへ出て来た二人は器用にシャボン玉を膨らませた。出来上がったシャボン玉はふわりと浮かんで少し浮上してはすぐに割れて消える。
それをぼんやりと見詰めていると、菜々子ちゃんがそっと私の隣にしゃがみこんだ。

「夏油様はぜったいかえってくるからそんなかおしなくてだいじょうぶだよ。」

『私、変な顔してたかな?』

「うん。でもだいじょうぶ、夏油様はね。美々子のことも、わたしのことも。
名前のこともおいてかないよ。」

そう言う菜々子ちゃんを私はまたぎゅうっと抱き締めた。
それを見た美々子ちゃんもシャボン玉を置いて私の方へ駆け寄る。

『うん、大丈夫。』

そう自分の言い聞かせるようにした後、私は二人と遊んだり昼食を作って食べたりして過ごしながら、自分の中の価値観の天秤が片方に傾いてもう動かなかくなって行くのを感じた。何が、善で何が悪なのか。
せめてそれ位は自分で決めたい。こんな小さな子達でさえ迷わずに大丈夫だと言うのだから。


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