傑に案内されたのはこじんまりとした部屋だった。
こうしていると、傑がした事なんて夢だったみたいでただ寮を出ただけに思える。
扉を開けて部屋に入って靴を脱ぐ。必死に走って脚がただ痛かった。
それを察したのか傑は部屋の電気をつけて部屋に入って私を座るよう促した。
「何か飲むかい?」そう言って傑は冷たいカルピスを私に差し出した。

『珍しいね、傑がカルピスなんて。』

「少し訳があってね。それは後で話すよ。」

私の向かいに座る傑の手をぼんやりと見詰めた。本当に、夜蛾先生が言ってたように傑は大量殺戮を行ったんだろうか。この手はさっき前と変わらずに私を抱き締めて、そして私に優しく飲み物を差し出す。この手で人を殺めたというのか。そんなの質の悪い冗談であって欲しい。だけど現実でしかないのだろう。ふと顔を上げると傑はふっと目を細めて微笑んだ。
ああ、こんな所は変わらないのに。だけど、変わって居たとしても私は傑の傍に居たいのだ。

「今聞くのもどうかと思うけど本当に良かったのかい?私の所に来て。どうせ、聞いてるんだろう?」

『うん、聞いてるし知ってるよ。ねえ、傑。今ね怖いとも思わないんだよ傑の事を。
ただ変わらずに好きだって思ってる。私もどうかしちゃったんだよ。』

「それは嬉しいな。…だけど、君は非術師共を殺したいとか思わないよね。」

『それは思わないかな、傑その為に出たの?高専。』

「物凄く完結に説明するとしたらそうだね。そして呪霊が生まれない世界を作る。
シンプルな答えだよ。」

『今までの傑と真逆の事言うんだね。』

「ずっと…考えていたさ。そして出た結論がこれだった。だけど名前を呼んだのは何か君の力を使って協力して欲しい訳じゃない。したいって言うなら別だけど。
それでも私はそれを望まないかな。」

『じゃあ、何で私を連れだしたの?』

「ただ、私の傍に居させたかった。それだけだよ。だから何もしなくてもいい。」

そう言って傑は私の髪をすっと指で梳かすように撫でた。
何もしなくてもいい。そう言われて心の奥底に残ってる善意のようなものがチクリと痛んだ。私はこの後に及んで手を汚したくないなんて心の奥で欠片でも考えて居たのだ。
もう傑の手を取った段階で、そういう事だと言うのに。分からずやだ、私の心は。
もう少しどちらかに振り切れて居て欲しかった。

『ごめんね。』

「何で謝るの?」

『傑にとってお荷物でしかないね。私は。』

「名前は私の恋人だろう?荷物なんかじゃないよ。」

まだ恋人だと、離れて居た間も思ってくれていたのか。嗚咽を漏らしながら泣いて笑ってた毎日も、そう思ってくれていたのだろうか。だとしたら、私のあの間抜けな空っぽの日々も報われる。『抱き締めて。』そう言った私を傑は優しく抱き締める。
地獄に片足突っ込みながらでもこの腕の中で過ごす日々を私は望んだんだ。
ああ、傑はここに居る。それだけでいいんだ。

『ねえ傑。私はね、きっと傑の事歪んだ形で愛しちゃったんだね。恋っていうには、重すぎるよ。』

「それは私もだよ。名前、ずっとこうしたかった。愛してるよ。」

そして私達はどちら共が求めるように唇を重ねた。呼吸を全て失う位必死に相手の唇に喰らいつく、好き、好き、苦しい、私もずっとこうしたかった。そんな感情を込めて。
溶けて行くような感覚がした。途切れ途切れに甘ったるい声が微かに漏れる。
傑は私の後頭部を押さえつけて貪るように私の口内を必死で求めた。
暫くキスを繰り返していたら、一度リップノイズを立てて傑の唇が離される。

「名前、疲れただろう。そろそろ休もうか。」

『…うん。』

「何?物足りない?」

『うん。』

「それはまた明日あげるよ。ほら、こっちおいで。」

困ったように微笑んで傑は私の手を引いた。
寝室に行くと部屋いっぱいに布団が敷かれて居て、かなり広くスペースが取られている。
驚いたのはそこじゃなかった。小さな女の子が二人隅っこでくっついて眠って居る。さっき出されたカルピスはきっとこの子達の為のものだったんだな。なんてぼんやりと考えた。

『傑?この…子達は誰?』

「ああ、美々子と菜々子って言うんだ。色々あってね。今はここに居る。
明日また起きたら紹介するよ。ほら、名前こっちにおいで。」

そう言って傑は私を空いてるスペースに導いた。そしてすっと腕を差し出して私に頭を乗せるよう促す。私は傑の誘導に従って布団に入って傑の胸元にそっと顔を寄せた。
ああ、何があったかは分からないけれど傑は命を奪っただけでは無かったようだ。
微かに残された希望のような存在が私の後で健やかに寝息を立てている。
だけど私は以前の傑を探し求めている訳じゃない。
ただ、本人を求めてここに来た。だから、善悪とかそういう理屈でもない。それでも子供の寝息はこんなにも心を穏やかにする。

『ねえ、傑。』

「何だい?」

『私、正しい事とか分からないけど。それでも傑の隣で眠れるならこれで良かったって思えるよ。

「名前の定義は甘いね。」

『単純だよね。だけど、本当だよ。』

だから、私が居るから。そう思って居たらいつの間にか眠ってしまって居た。
私が居るから。だから、傑も傍に居てね。
そんな事を思いながら私を包む温もりに身を任せる。


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