*渋谷事変の時系列は無視して書いております。ご注意下さい。




2019年〇〇県〇〇市、僕は任務に来ていた。だけど、わざわざ僕が出る程の案件でも無さ過ぎて肩透かしを喰らったようだ。まあ、念には念をと言ったものだけど他の術師でも全然対応可能な事だった。寧ろ嫌がらせか?とさえ思える位あっさり解決してしまったものの「任務が終わるまでに甘いものを買って来て。飲み物と、チョコレート。あ、あとご当地グルメとかあったらそれも。」と指示を出した補助監督はまだ帰って来ない。直接ご当地グルメなんて寄って貰えば良いだけなんだけど、少しだけ自由を満喫したかった。

「しかし、この辺本当に何も無いね。」

一人そう呟いてみるも返答も無い。
住宅街での任務だったから、暇を潰すような店も無い。
ふらふらと歩いていると、何の変哲も無い公園が目に入ってそこに小さな子供と母親らしき人が楽しそうに遊んで居る。その母親の後姿を見た時、僕は久しぶりに心臓が煩く音を立てた。まさか、見間違いだろう。そう思い込もうとするものの、僕の六眼は不必要なものまで映してしまう。
それは、数年前高専から消えた名前でしかない。そう気付いた。
会いたい、会いたくない。双方の気持ちがざわざわと胸の中で音を立てる。
声をかけなけれえば、見なかった会わなかったのと同じだ。
そう思うのに勝手に脚が公園の中へ向いて進んで行く。「久しぶりだね。」そう声をかけると、名前は一度驚いたように僕の顔を見たけれどどこか落ち着いたような表情で僕に笑いかけた。

余りに落ち着いたように警戒心一つ持っていないように笑っている表情を見ると
拍子抜けしたような気持ちになる。だけど、そうだったかな。
そう言えばこんな風に笑ってたな、なんて遠い過去を思い出して居た。

「僕さ、ちょっと時間あってさ。そこに座って話さない?」

『分かった。』

そう言って公園に備え付けであるベンチに二人で座った。子供は目の前の砂場で夢中になって遊んでいた。
本来ならば、こうやって自然に座っているように欠けていた数年間。同じように過ごせるなんて思って居た頃の自分自身は若かった。名前が居なくなってから電話が繋がった時、今の僕ならもう少しマシな言葉をかけられて居たんだろうね。なんて思っている辺りまだ心の奥に残ってるんだという事に気付く。
先に口を開こうとする前に名前が口を先に開いた。

『五条君、私の事殺すの?』

「僕の事何だと思ってるの。子供の前で母親を殺す訳にはいかないでしょ。
それに、苗字名前、君は執行対象にはなっているけど僕からしたらどちらかと言うと呪詛師では無くて失踪者なんだよね。だってあの時も、前線に出て居た情報も無い。
殺す意味もあまりないと思うんだけど。」

『そう。』

「僕は普通に話がしたいだけだよ。ま、勝手に話すけどね。」

何だかまくしたてるように話して居ないと自分が落ち着かない気がしてふざけたように話してしまう。もうそう言う間柄でも無いと言うのに。何だか落ち着かなかった。
会いたいけど、一生会わないならその方が良かった。そう思って来たんだから。

「あの子、傑との子供?」

『うん、そう。』

「だと思ったよ。まあ、聞かなくても分かるかな。めちゃくちゃ傑に似てるしね。」

目の前で夢中になりながら小さな手で砂を必死で弄って遊んで居る子供は、本当に傑によく似ていた。まるで、傑が小さくなったようなそんな錯覚さえする程に。そして簡単に合点がいった。百鬼夜行の全線に出て居なかったのは、傑が名前を出さなかったのはあの子が居たからだろう。
だけど、それ以前でも名前が一切情報上も出て来なかった辺り、傑は最初から子供が居ようが居まいが、名前に何もさせるつもりは無かったのだろう。
その選択をアイツらしいなとも思って居た。

「傑は僕が殺したよ。」

『知ってるよ。だけどね、五条君で良かったのかもしれない。』

「僕の事憎んでないの?」

『憎んでも帰って来ないからね。何も。だからしないし傑も後悔してないから。』

そう静かに話す言葉に嘘は無さそうだった。僕は傑が離反して最初に会った時、「殺したければ殺せばいい。」と言われたのに出来なかった。追う事すら出来なかった。
だけど、あの日から何度も言い聞かせて決意して来た事だ。だから実行に移した。
あれだけ時間をかけて覚悟していた事だった。仕方無かった事だ。そう何度だって傑に手をかけた後も言い聞かせて来た。だけどどうだろう。名前を目にしてみれば何故か罪悪感のようなものを感じる。僕にとっても傑にとってももうそれしか残って居なかったというのに。

「最期に笑ってたよ、傑。」

『そっか。』

「名前、携帯貸して。」

『何で?』

「まあ、いいからいいから。おかしな細工したりとかもしないよ。」

そう言うと名前は鞄から携帯電話を僕に差し出して見せた。本当に悪意も他意も無い。少しだけ訝し気な様子の名前を気にせず僕は自分の携帯番号を登録して名前に携帯を返した。

「僕の番号登録しといたから、何かあったら電話してよ。」

『何で五条君の番号…』

「何でって、僕最強だからね。昔の同級生に何かあった時位は力になれると思うよ。」

『私、きっとかけないよ。』

そう言ってふにゃりと僕に笑いかける名前を見て確かにそうだろうね。君は僕に電話で助けを求める事なんて絶対と言ってもいい。あり得ないだろう。
「あくまで保険だよ。」そう告げると『凄い保険だね。』そう言って名前は笑う。
だけど本当はかかって来ない方が良いんだ。結局何かあったとしたら僕としては後味が悪いし。何も無い時の電話なんてきっとより後味が悪い。
横に座っている君は考えもしないだろうけど、リアリストで最強である僕の弱みがあるとしたらあの日に残して来たここに存在している君であって他に居ないのだから。

何で、よりにもよって気付いてしまったのだろう。そして僕は話しかけてしまったのだろう。そうだった、こんな声だった。から始まってやけに悲しいような気持ちになる。
そしてそうだった、こうやって笑う人だったと思い出してまた一つ悲しいと思えた。
そういうものはいらないのに。
いい加減立ち上がらなくては、引きずられそうになる。そう思って僕は一人立ち上がった。まだ補助監督から連絡は無い。

「ねえ、名前。最後にさ。僕の秘密だった事を教えてあげるよ。
最強の秘密聞きたくない?」

『五条君の秘密?』

「そ、今になったらきっと知ってるのは僕だけ。
あのね、僕は高専に居た頃名前の事好きだったんだ。本当に。笑えるでしょ。
まあ、傑に持ってかれちゃったけどね。」

『…そんな風に見えなかったけどね。』

「僕はあの頃子供だったからね。自分でも自覚したのが遅かったな。
だって傑と付き合った後だったからね。あー。青いねえ。」

『ほんと、そんな風に感じた事無かったよ。』

「でね、若かりし頃の僕と来たらね、名前の笑った顔が好きだったんだよね。
単純だろ?だから、今日顔見たらなんか満足しちゃった。はい、昔話終わり。」

そう言って話を勝手に切って立ち去ろうとすると、名前は『五条君、本当に話し方も雰囲気も変わったね。だけど、どっちの五条君も嫌いじゃないよ。』なんて言うもんだから勝手に顔がにやけているのを感じた。もう僕は振り返る事はしなかった。
たった一人の親友に言われたから、だからその親友が居なくなった後変えたんだよ。
と心の中で呟く。僕は、それを言われたあの当時はうるせー位にしか思っていなかったと言うのに。本当、大人になってしまったのだ。
若い頃の僕だったら、どうにかして必死になっただろう。心の奥底に沈めた思いを遂げようと、今からでも足掻いただろう。だけど大人になる事でここから立ち去る事が出来る。
そして高専に帰っていつも通り笑う事だって出来る。


本当に、僕は君の笑った顔が好きだったんだよ。
だけど僕に笑いかける君を見る度に悪態をついては君を困らせたりもした。
きっと、君以上に好きだと思える人とはもう会えないだろう。
だって歳を重ねて大人になって会った君も、僕に同じように笑いかけるんだから。
一番好きだった笑顔で。

幼い頃から僕には手に入らないものなんて無かった。
今でも無いと思ってる。何だって、手に入るしそれは僕が求めるだけでいい。
たった一つだけ手に入らなかったのは君だった。
だけど僕の知らない所で笑って生きて居てくれるのならそれでいい。
執行対象の苗字名前は未だに行方不明だ。

そう言えば、傑と名前が付き合い始めた頃傑に聞いた事がある。
「アイツのどこがいいわけ?」そう質問した僕に傑は穏やかな表情で言ったんだった。「名前の笑った顔が好きなんだよ。」と。
そんな所なんか気が合わなくてもいいのに。なんて当時思ったけど、今では同感だと思うよ。

傑は、これからもずっと僕のたった一人の親友で。
名前には届かない片思いをし続ける。
だから、さよなら。僕の大切だった思い出。



end



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