12月24日、私は傑を見送る時に前日と同じように笑った。ドアが閉まった後やけに悲しくなって不安に包まれてしまいそうになって笑顔が消えそうになったから、傑が買い込んだ子供の衣服や玩具が沢山溢れかえっている部屋へと足を運んだ。
そして、傑といつも眠る布団に入って眠れないものの目を閉じて昨日と同じ夢を見ようとした。だけど、傑は帰っては来なかった。何度も期待して玄関に足を運んだけれど帰って来なかった。

12月25日。開けっ放しにしていた玄関のドアが開いて傑が「不用心だよ。」とでも言って帰って来ると思ったら、そこには大きな荷物を抱えた美々子ちゃんと菜々子ちゃんが居て。悪寒で髪の毛の先まで凍ってしまうかと思った。嫌な予感がしたからだ。
私はそこからどうやって、二人を部屋に入れたのかすら覚えていない。
だけど、二人と一緒にリビングに居たのだ。

「…名前、夏油様は…」

『…ねえ、二人共喉乾かない?何か飲む?』

「名前…落ち着いて…お願い。聞いて欲しい。」

「夏油様は、死んだ。五条悟に殺された。」

『……だめ、だよ言わないでよ。』

お願いだから、聞きたくない。何を言われたのかすら、分からない。分かろうともしたくなかった。よりによって、何で五条君なのか。何でこんな時に五条君と傑が楽しそうにふざけていた事なんか思い出すのだろうか。硝子が「うるさ。」とか言ってて私は笑って居た。そこに、あの頃に私も傑も全て置いて来てしまったのだろうか。
だけど、私は昨日から何処かで分かって居た気がするのだ。こうなるかもしれないという事を。何故、私は身体も心も張り裂けそうになって空っぽなのに、涙が一滴も出て来ないんだろう。穴が開いてしまった心だと涙も出てくれないのか。
そう思っていると二人に抱き締められた。強く、抱き締められたその感覚は数年前私の足元に抱き着いていた二人と違ってとても大きくなったな、なんて感じる。

「泣いていいんだよ。」

そっと美々子ちゃんがそう言ったけれど私の涙は出て来ない。痛い、痛いんだよ。
全部痛い。なのに二人の温もり以外何も感じられないんだよ。

「名前、あんたとあんたの子供は絶対に私達が守る。それが夏油様の願いだから。」

「絶対に、守るから。」

「名前、これ。夏油様が何かあったら渡してって。」

『…なに、これ。』

菜々子ちゃんが持って来た大きな旅行バッグのようなものから、大量の現金が目に入った。

『私、こんなものじゃなくて…』

「分かってるよ。だけど、名前と子供の為じゃん。夏油様の気持ち分かってよ。」

『……』

「それだけじゃないよ。夏油様から手紙、預かってる。」

『手紙?』

私は、傑が残した現金の束を見ても虚しくなるだけだった。
こんなものが欲しかったんじゃない。傑が欲しかったんだ。
だけど私の手に渡された白い封筒の中に入って居た手紙を読み終わった後、私は傑が居なくなってから初めて泣いた。声が枯れるんじゃないかと思う位泣いた。
二人から傑の死を聞いても何一つ泣く事が出来なかったのに、傑の綺麗な文字で書かれた手紙を読んでいると、涙が止まらなくなった。



「名前へ。

この手紙を君が読んでいるという事はきっと私は死んでしまったんだろうね。
だけど、私は後悔はしていない。名前の事だから、何度も後悔したんだろうね。
私の所へ来た後もずっと。

呪術師としての全てを捨てた日、何も心残りなんて無いと思って居たんだ。
だけど、唯一心残りだったのは名前だったんだ。
だから幸せに出来ないかもしれないけど来て欲しいなんて言った。
今でもそれが正しかったは分からなくて何度も迷ったよ。だけど、君と過ごして居る時だけは心の底から幸せだと思えたんだ。

私は、名前に何か残せたかな?
君も幸せだったと思ってくれたら嬉しいよ。

どんな結果になろうとも、私はこの選択をした。
それが名前を悲しませると分かっていても。

自己中心的で他力本願のような願いだけど、名前にお願いがあるんだ。
君には笑っていて欲しい。私はそう言えば一度も言った事が無かったかもしれないけれど、初めて名前を好きだと思ったのが君が笑っている姿を見た時だった。
それは今でも変わらないんだ。
だから、どうか笑って過ごして居て欲しい。私が居なくても、私と名前の子供と笑って過ごして居て欲しい。

そして、子供の名前決まって無かったよね。
ずっと考えてたんだ。子供の名前は…」


傑の手紙を何度も読み返して、涙が止まらない。視界が歪んだままだ。
だけど、空になった私の中を傑が少しずつ満たして行くようだ。
いつものように私に優しく触れて行くように、優しく微笑むように。
溶かして行く。冷たくなった心を溶かして行く。
ねえ、傑。私しばらくはお願いを聞けない。笑えないかもしれない。
だけど、必ずいつか笑うから。
それが傑の願いなら、私は必ず応えたいよ。

もしも、私が。傑から電話がかかって来たあの日を何度もやり直せるとしても、
私は同じように飛び出して傑に会いに行ったと思うよ。
傑が言うように、どんな結果になったとしても。
私は後悔なんてしてないよ。悲しくて仕方が無いけれど。張り裂けてしまいそうだけど。
でも、私は幸せだった。


『必ず、守るよ。』


だから、お願い、傑が最後に抱き締めてくれて一緒に眠った日にみた夢をもう一度みたいの。またあの夢の続きがみたい。いつか、必ず笑うから。
それまで夢の中で触れたいの。それだけでいい。


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