あっという間に12月23日になった。明日は百鬼夜行が行われる。 傑が言った通りに起こってしまう。私は、今日まで何度も考えた。以前も考え続けた事だ。 高専に居た頃、傑の変化にもっと気付く事が出来たら。「何でもないよ。」「大丈夫、少し疲れているだけだよ。」そう言って私に微笑みかけていた時、何一つ大丈夫なんかじゃなかった傑に寄り添う事が出来たなら。救うなんておこがましいから言わないけれど、せめてその時から寄り添って居たかった。傑が無理して笑わなくて良い様に。 だけど、幾ら変えたくても過去は変えられない。それは分かっているのだ。 明日、私が傑の言葉を否定して前線に出てしまえば、私の腹部で大きく動いて確かに生きている傑の希望を消してしまうかもしれいのだ。だから、それは出来ない。 分かって居てもどうにも出来ずにいる私に美々子ちゃんと菜々子ちゃんから電話がかかって来て一つだけ私にお願いをした。それは、とても難しい事であり簡単な事だった。 クリスマスイブの話を聞いて以来ほとんど傑に対しても笑いかけられて居なかった私にされたお願いは「夏油様と今日過ごす時笑って居て欲しい」というものだった。 もうすぐ傑が帰る。不安だらけで、後悔だらけでどうしようも無いけれど確かに二人の言い分は正しい。私より遥かに幼い彼女たちの方がずっと正しい事を言える。 私もしっかりしなければならない。そう思って玄関のドアが開いた音を聞いて私は笑って出迎えた。以前のように。 『傑、お帰り。』 「ただいま。」 暗黙の了解のように私と傑は微笑み合う。分かっているのだ。お互いに。 だから、笑って過ごすのだ。 『飲み物淹れるね。寒かったでしょ。』 「ありがとう。」 そう言って傑にコーヒーを淹れて私はハーブティーを淹れてテーブルへ運んで居たら傑が悪戯っ子のような微笑みを浮かべてテーブルに大きなケーキを出した。 『それどうしたの?』 「少し早いけどクリスマスケーキのつもりでね。明日は忙しくなるから。」 『嬉しい、ありがとう。』 「私甘いものそこまで好きじゃないんだけどね、名前は好きだろう?」 『そんなにたくさん食べないよ、食い意地張ってませんー。』 「結構食べてるの知ってるよ。隠してたかもしれないけど。 昔から好きだったじゃないか。」 『何でそんな事知ってるの。』 「よく名前の事見てたからかな。切り分けてあげるよ。包丁取って来る。」 じゃれ合いのような会話をしながら、私はソファで傑を待った。 傑が手際良くケーキを切ってお皿に取り分けてくれる。傑は一口自分の口に入れると少し変な顔をして「やっぱり私には甘すぎるね。」なんて言って笑った。 ふと、高専時代私がホールケーキを買って帰ったら、傑は同じように甘すぎると言ってあまり食べなかった事を思い出す。結局五条君と私でぺろりと平らげてしまったなあ。あのケーキ。鮮明に思い出されて何故か暖かく懐かしい。 『傑、あのね。私ね。』 「何?全部食べたいの?いいよ、あげる。」 『そうじゃないですー。』 「あはは、ごめんごめん。何かな?」 『傑そう言えば言ったでしょ。覚えてないかもしれないけど。私に電話かけて来た時に幸せには出来ないかもしれないけどって。』 「ああ、言ったね。」 『だけど、私は幸せじゃなかった日は無かったよ。これからもずっと。それは変わらない。』 「それなら良かったよ。愛してる人に後悔なんてさせたくないからね。 名前、嬉しい所で悪いんだけどクリーム着いてる。」 『え?どこ?』 「ここ。」 そう言って傑は私の唇をぺろりと舐めた。そのまま、それを合図にするように何度も唇を重ねる。傑が私の頬に手を添えて優しく何度も繰り返されるキス。 私はそれに応えるように傑が添えた手を包み込むようにして何度もされるキスに応えた。 溶けて行くようだ。私はこの手に触れたくて、幾らこの人が変わっていようとも変わって行こうとも、触れたくて。こうしてキスしたくて飛び出したのだ。 後悔はしない、傑にもして欲しく無い。それがどんな形であろうと、誰が否定しようと構わない。 リップノイズを立てて唇が離された時、ふと私の腹部で私達の子供が動いて居る事に気が付いた。 『ねえ、傑。今動いた。』 「ヤキモチでも妬いてるのかもしれないね。」 『いや、本当だよ。ほら。』 傑が笑いながら私のお腹に耳を当てるとそれと同時に子供はタイミング良くお腹の中で動いた。傑は「本当だ。」と言って優しく私の腹部を撫でる。 「元気にしてくれてるね、嬉しいよ。」 『そうだね。』 「名前、ありがとう。」 『何で急にそんな事言うの?』 「傍に居てくれて、ありがとう。そう今思ったんだから言ってもいいじゃないか。 別に変な意味は無いよ。」 傑はそう言って私を優しく抱き締めた。その瞬間、やけに胸が苦しくなって喉の奥が熱くなる。駄目だ、今泣く事なんて出来ない。そう思って息を一度飲んで傑を抱き締め返した。 「私はあまりいい親では無いだろうね。だけど、名前も、この子も愛してるよ。」 『傑は、いい親になれるよ。』 「模範的ではないからね、それ位は理解しているんだよ。だけど、愛する権利位はあるからね。」 『私も、愛してるよ。』 その日、私は傑に抱き締められながら眠った。寝付けなくて起きる度に傑はそれに気付いて私を抱き締めて子供をあやすように背中を撫でた。 いつの間にか私は眠ってしまっていて、夢の中でまだ産まれて無い子供と傑と過ごす夢を見た。やけに暖かい夢で私はずっと夢の中に浸って居たかった。 夢の中の傑は何も無かった頃のように、幼い表情をして笑っていた。 私は夢の中で、こんな日が続きますようにと願いを込めて二人を見つめて居た。 next |