それは外がとても寒くなって来た頃だった。私のお腹は随分大きくなっていて、時折胎動を感じるようにもなっていた頃だった。
暖かい部屋で、傑が何度か言い淀んでは何かを私に伝えようとしているという事に気が付いたのだ。傑が用意したベビー用品で一部屋が子供部屋と化してしまったかわいらしい部屋で私が産まれる子供の衣類をぼんやり見ていると、傑がようやく何かを告げる事にしたらしく私の居る部屋に入って来て、少し向こうで話そう。と言って私をリビングへ誘導した。

いつもならば、傑はソファに一緒に傑時必ず私を抱き寄せた状態だったりするのに今日は傑の手は自分の膝の上に降ろされて居る。
それで何となく、私にとっては良い話ではないんだろう。という事が分かった。

『傑…何か言いたい事、あるんだよね。』

「ああ、そうだね。何故だろうね。名前に話そうと思うとタイミングを逃してしまってばかりだ。」

『大丈夫だから、言って。』

大丈夫だから、と前置きしたけれど内心少しも穏やかでは無い。だけど私は自分の腹部を撫でて、自分を落ち着かせるようにしながらその言葉を振り絞った。
分かっている、私が今こういう状態だから話しづらいのだろう。傑の子供が明らかにもう形を持って私のお腹の中で大きく成長して来たからより私に言いづらいのだろう。
だけど傑は前を見据えて私に話した。少し低い声色で、ハッキリと決意されて用意された言葉だった。

「12月24日、私…と私の家族で百鬼夜行を行う。」

傑の言う家族、というのは傑の仲間の事だと言う。それは美々子ちゃんや菜々子ちゃんであり、他にも私が把握しきれてはいないが何度か名前を聞いた事がある。
それは私や私達のお腹の中の子供以外の傑の家族と呼ばれる人である事は知って居た。

「…東京、新宿。呪術の聖地、京都。各地に1000の呪いを放つ。
そして、私は呪術高専に向かう。其処でどうしても欲しいものがある。私はその呪いを手に入れたい。」

『手に入れたいもの?』

「特級過呪怨霊、折本里香。底なしの呪力の塊。呪いの女王って所だね。」

『…待って、傑それって。』

「名前の言いたい事は分かっているよ、まず美々子と菜々子を前線に出すのかって事が気になってるんだろう?」

傑の問いに私は頷いた。「だけど、あの子達は自分の意思で前線に出るんだ。それは止めるべきじゃない。」もう傑が言っている事で頭がパニックを起こしていた。
各地に1000の呪霊?これは明らかにテロ行為なのだ。
誰が何と言ってもそれに当たる。傑が放つ呪霊にする命令位は分かる。
非術師である一般人を殺す事だ。それは傑が描いている術師だけの世界にするという理屈に適っている。

「まあ、まともにやり合えば勝率は低いね。3割位かな?だけどそれをひっくり返す方法が一つだけある。折本里香だ。それを手に入れたら双方の勝率はイーブンまで上がる。」

『傑…ごめん、言葉は悪いかもしれないけどテロ行為だよ。』

「そうなるね。」

『それと…』

頭の奥にずっとずしりと重く引っかかって胸元で鉛のような重さを感じさせるのは、たった一つなのだ。私も良く知っている。傑だって理解しているだろう。
今傑が話してる内容を善悪の是非を問わないとして、ただずっと前線から離れていた私でも分かる一つの可能性。

『五条君…が居るよ。』

「そんな事は知っているよ。私は今更躊躇しないよ。それに、悟だってそうだろう。」

『だから、行かせたくないって思ってるよ。五条君は本当に別格なんだよ。
傑が弱いとか言ってるんじゃなくて。』

「一応特級だからね、私も。まあ、悟は人から外れたレベルだね。
策は講じているよ。」

『もう、変えられない…よね。』

「そうだね、もう変えられない。」

ハッキリと傑にそう言われて体温が少しずつ下がって行くのを感じる。
じわじわと指先に走る悪寒。分かっては居たのだ。傑はこういった事を必ずいつか行う事を知って居た。まさか、離反してそれだけで終わる訳はない事位知って居た。
傑は私に言わなかったけれど、袈裟を着て何をしてるかも私は知って居た。全部、分かっていて全部知って居た。だけど傑が私に言いたがらないから私は知らないフリをして笑って過ごして来た。だから、今更止められないのは分かって居る。

『傑、せめて。私も何かさせてよ。』

「それは駄目だよ。」

『子供がお腹に居るから?』

「いや、そうじゃない。元々名前は子供が居なくても一切私のしてる事に関与させるつもりは無かったよ。させた事、ないだろう?」

『黙って、待ってろって言うの?いつものように?私の意思で決めても駄目?』

「名前、それは出来ない。何としても出来ない。させられない。
分かって欲しい。君が力不足なんじゃないんだ。だけど、君を攫ったあの日から私はそれだけは決めて来たんだよ。」

『攫ったんじゃ…ないよ。私が自分の意思で傑を選んだんだよ。』

「そう言ってくれるだけで充分だよ。」

そう言って傑は私の背中を撫でる。だらりと私の手が投げ出されて、力が抜けて行く。
私は何もさせて貰えた事なんてなかった。それに甘んじても居た。
だけど、何かしたいと思ったのだ。それが呪いを使ったテロリズムだとしても。
それ位の事だって、決意してきたのに。時間をかけてそれこそ、何度だって言い聞かせて。
だけど、傑はさせてくれない。これは圧倒的な決定で覆す事が出来ない。
例え、ここで私が泣いて喚こうが、騒いで傑を困らせようが傑は決めたことは絶対に曲げない。

「名前には、私達の子供を守ってて欲しいんだよ。私にとってのこの世界の唯一の希望だからね。その子も、君も。」

『その言い方は狡いよ傑…』

「本音だよ。それに、私は必ず何があっても帰って来るよ。
自ら無策で負けに行く訳じゃない。」

『…本当に帰って来る?』

「当たり前だよ、私が帰らないといけないだろう?」

そう言って困ったように私に笑いかけ、今度は私の大きくなっている腹部を優しく撫でる傑に私は何も言う事が出来なかった。もう、12月24日まで時間が無くなって居た。
クリスマスイブ、その日に傑は必ず決行するのだろう。
私は、お腹の子供がもっと早く出来ていたら、その子に止めて貰えたのだろうかなんて考えたりするけれど途方も無さ過ぎるたられば話だ。
傑が何年もかけて、自分の描く世界を現実にしようとしてた事は知っているのだ。
それは変えられない。

外を見ると、すぐに溶けてしまう雪がちらちらと降っている。
きっと溶けてしまうのだろう。

私は、無力だ。だけど、傑の言うように私は傑との子供を守らなければならないのだ。何としても。

『私は、ね。傑。いつかこうなるって高専を飛び出した日から何処かで分かってたんだよ。だから、後悔なんてしてない。』

そう言ったのは本音だった。ただ、あまりにも脆く一瞬で足元なんて崩れるんだなと思えて仕方ない。
私は漠然と、自分が死ぬ時は傑を庇って死ぬと決めて居たというのに。
今やそれが適わない。だけど傑が希望だと言うのならば、私はそれを守らなければならないのだ。


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