フラれた。ハッキリとバッサリと切り捨てるように。私と過ごした1年間は無かったかのように彼は切り捨てて行った。確かに一緒に過ごした時間は他のカップルよりは少なかっただろう。彼も仕事が忙しかったしましてや彼は一般人だった。 対する私は呪術師だ。仕事の話は適当に忙しい営業職と偽って居たし一緒に過ごしたのは本当の時間だったのかと言われると定かではない。だけど胸は確かに痛むし虚しい。 確かに一緒に笑いあった時もあったし、一緒に眠った日もあった。 季節の変わり目に確かに彼は居た。だけど別れるかどうかの話になった時に引き留めなかった私も居た訳で。 分かって居たのだ。一時的に過ごす事になっても未来は無いという事に。 結婚なんてとても現実的ではない。私が今の職業を辞めない限り。だけど私はその選択肢はハナから頭に無かったし、考えてみるとその程度の関係だったのだ。自分に言い聞かせているのではなく、彼の事を物凄く好きだったのかと聞かれるとハッキリ回答は出来ない。どこか彼と過ごす時間は私にとっての現実ではなかったのは嘘で固めた私が彼と過ごして居たからだろう。 「あれ?名前さん任務帰り?」 ふと自販機前で物思いに耽って居たら一年生の虎杖君に声をかけられた。 『うん、まあそんな所。ジュース奢ってあげるよ。』 「え?いいの?サンキュー!」 虎杖君はとても人懐こい。最初から敬語らしい敬語で私に接する事も無ければ割といつもにこやかな気がする。呪術師にしては珍しいタイプだ。そもそも彼の事例がとても珍しいのだけど。『どれがいい?』と聞くと「これで。」と虎杖君は炭酸飲料のボタンを押した。今、虎杖君と居るとあまりに彼の世界観が眩しそうに見える。 ただそれは表面上の話で虎杖君は虎杖君なりに色々抱えているだろう。 だって彼はとんでもない爆弾を抱えている。 勝手に羨ましがって嫉妬するのは大人げない。そう思っていると、プルタブを開けた虎杖君はそんな私の心情に全く気付かない様子で声をかけて来た。 「名前さんなんか元気ないね。どったの?」 『うん?そう見える?』 「んー。何となくだけど。俺聞くよ?」 何が、聞くよ。だ。君には絶対に理解できない話じゃないか。私は笑顔を崩す事なく居られているだろうか。それとも間抜けな顔をしているだろうか。 虎杖君は優しいのだろう。他人の事を気に掛ける余裕がある。どうせ、吐き捨てるような事だ。だったらここで吐き捨ててしまえ、と半ば自棄になって私は口を開いた。 若干、眩しすぎるこの子が困ればいいとも思いながら。 『…別れたの、彼氏と。』 「…え?マジ?」 『うん、そう。』 「あー…それは…」 そう言って虎杖君は言葉を濁したまま次の言葉を出せずにジュースを口に含んだ。 ほら、何も言えないだろう。私はなんて大人げないのだろうか。自棄じゃなくてこんなの八つ当たりだ。 「好きだった?別れた彼氏の事。」 『いや、分からない。分からないから、落ち込んでるの。』 「そういうモン?んー……」 『虎杖君さ、一般人に自分の事全部話せないでしょ? 私も出来ない。呪術師なんて言える訳ないしね。だから上辺だけの付き合いになっちゃうよね。所詮そんなものだった。たったそれだけ。 だからそのうち元気にもなるよ。』 そう言って私は飲んでたブラックコーヒーをゴミ箱へ放り投げた。 割り切って生きて来たのだ。前の彼氏の時もそうだった。終わるものだと思って生きて来た。その先なんて考えた事は無い。ふと虎杖君の方を見たら考え込むような表情をしていた。その表情を見た時に初めてしまった、と思ったのだ。 自棄になってこんな子供に八つ当たりをするなんて大人げ無さ過ぎる。ジュースで割に合うものではない。情けなくなってため息を吐いたら、虎杖君は突然屈んで私の顔を覗き込んだ。 「自分の事全部話せなかったからって、それだけって事は無いと思う…けど? そんな風に考えてたらなんか寂しくね?」 『……そう、かもね。』 「多分、俺だったら、…うーん。本当の事は言えないだろうけど。 それでも過ごした時間は大切に思っとくと思う。」 迷い無くそんな事を言う虎杖君は眩しい。ああ、私が置いて来たものを持っている。 フラッシュバックするように彼と過ごした時間が私の前を通り過ぎて行った気がした。 瞬間、力を抜いたら涙が出そうになるのを感じる。鼻の奥が熱い。 大事に思っておく、その言葉が引き金になってぽろぽろと思い出と共に涙腺がじんわりと緩みそうになるのを感じてぐっとそれを飲み込んだ。 『虎杖君、あのさ。』 「ん?何?」 『…慰めて。』 俯いてポツリと出た一言に、「任せて。」なんて笑った虎杖君は私の頭を撫でた。 私よりも年下の虎杖君の手のひらは確かに男の人の手のひらで優しく頭を撫でて行く。 大きな手に撫でられているとまた涙腺が緩みそうになる。 今度は何故そうなっているのかが分からない。優しさに触れて悲しいのか。思い出して悲しいのか分からない。 『どっちが子供か分かんないね。』 「名前さん子供扱いやめてくんね?」 『だって子供だもん。』 「子供じゃねーって。」 『子供だよ。』そう言って線引きしたのは、この手に縋りたいなんて気持ちが芽生えそうになったからだ。何で悩んでたか、分からなくなるくらい虎杖君の手は優しい。 『虎杖君、もう少し大人になったら私の事迎えに来てよ。』 なんて冗談を言って私はその場を後にした。 少なくとも虎杖君に撫でられていた時間位は本物だったと思うから。 私は時間をかけて彼の事を消化出来そうだと思える。 虎杖君にとっては忘れられる時間かもしれない。 だけど、私の中には存在している。私もまだ、大人と呼ぶには子供じみているのかもしれない。 end |