「いいからいいから〜」なんて言われて私は何故か同級生の五条君とソコソコ高そうで雰囲気の良いお店に連れて来られて居た。何故こんな事になったのかと言うと私が伊地知君と報告書を纏めて居た時に勢い良く扉が開かれやけに上機嫌の五条君が入って来ては「飲みに行こうよ。」なんて言って来たからだ。忙しいと断ったけれど五条君は折れてはくれなかった。
最終手段として伊地知君に助けを求めたのも無駄に終わってしまった。明後日の方を見て伊地知君が「もう折れた方が良いんじゃないでしょうか…」と匙を投げられてしまえば渋々私は了承するしか無くなった。この人は本当に昔から強引だ。硝子を誘えばいいじゃないか。そう思ったし言ったけどその提案も却下され今に至る。

そもそも五条君はお酒を飲まない。私は飲むけれど。
自分がお酒を飲まない癖に「飲みに行こうよ。」なんて誘うのも違和感の塊だ。
五条君の驕りだと言うので遠慮なく私はお酒を飲んでいる訳なのだけど、目の前に座っている五条君はやっぱり酷く上機嫌だった。
私や伊地知君のような補助監督は五条君の気分や言動にかなり左右されて振り回されて来た。特に伊地知君の方だろうか。私が五条君の担当になる時は大抵機嫌が良いので伊地知君程は胃を痛める事も無い。

『…で、何か話でもあったの?』

「んー。特に無いよ。名前はさあ、いい加減呪術師にならないの?」

成程、そういう話だったのか。私も元高専生だったし呪力もソコソコはあった。卒業時には準一級呪術師になって居た私を周りは勿論前線で戦う呪術師になるのだろうと思って居たと思う。だけど私は補助監督を希望した。勿論何度も色んな人に説得されたし反対もされた。だけど私は押し通した。
理由はいくつもあったけれど、自分が原因で人が死ぬ事になる可能性もある事が怖かった。そして高専に入る前は自分は特別だと思って居たのが才能に満ち溢れた同級生を目の当たりにして自分は使い物にならないと自分で何処か諦めのようなものを持ってしまったのが決定打だった。

『ならないよ。』

「何で?名前はソコソコ才能あるじゃん。」

『…五条君が言う?昔私にお前才能ねえわ、マジでミジンコレベルとか散々言ったの覚えて無かったりするの?』

「あー…言ったかもしれない。まあそんなピリピリしないでよ。そんな顔させたくて誘った訳じゃないんだけどなあ。」

そう言って五条君はへらっと笑って「ムスっとしないでよー。」なんて頬杖ついて私を見つめる。その話題を出されなければ私だって悪態をつきたい訳ではない。
サングラスからチラリと五条君のガラス玉のような透き通る青が私を捉える。
何だか見透かされるような気持ちになって私はアルコール度数の高いお酒をチョイスして店員さんに注文してグビグビと飲んで行く。そうしていると自分の本心がアルコールに溶けて楽になって行くのを感じた。代わりに口が滑るように軽くなってしまうのには困る。
だけど後日五条君に何か言われようが思われようがアルコールのせいにする事だけは可能だ。


「僕はさ、名前と一緒に呪術師やってる未来を描いてたんだけどね。」

『私も最初はそう思ってたよ。ただ折れたって言うのかな。自分の事特別だって思ってたの。五条君は笑うかもしれないけどね。高専に入った時はそう思ってた。強いとも思ってたしね自分の事。』

「ふーん。もしかして僕が原因だったりする?」

『…いや、そうじゃないけどそうでもあったりする。私は特別じゃなかったんだよね。ただそれだけ。特別でも何でも無い私は今自分に見合った役割を果たしてる。
ただ、それだけ。それに補助監督の仕事もそれなりに今気に入ってるの。』

口に運んだグラスをテーブルに置くとグラスの中で波紋が広がった。そんなに強く置いたつもりも無かったけど言葉に出てしまったぐずぐずの私の逃げの理論に我ながら情けなくなる。五条君はミジンコレベルとか言いながらも私が強くなれるように鍛錬を手伝ってくれた事が何度もあった。その度に私はボロボロになって硝子に治して貰って、その傍ら五条君は自分自身の強さを求める事を一切辞めなかった。最強と呼ばれる五条君はただ呑気に過ごしていて完成した訳ではない事は私はよく知っている。
だからこそ、どれだけ酷い接し方をされようが私は心の奥底で目の前にいる彼に憧れを抱き続けた。劣等感と一緒に。
高専時代に「お前だけは絶対ねえわ、オッエー」と言われた時は流石に泣いてやろうかと思ったけどたゆまぬ努力を見ていた私は嫌いになる事も出来ずに居た。

だけど大人になって私は流石にその憧れのような感情に蓋をすることを覚えた。
日々の業務に必死で向き合っていれば心の奥底に沈んで行く綺麗過ぎるブルーは消えて行ってくれるかのように思えた。なのに、どうしたものか目の前にしてしまえば蓋が外れそうになるのだから困る。


「特別が欲しいの?名前は。」

『どうなんだろうね。』

「僕にとっては名前は特別なんだよ。分かる?」

『…そうやってノせて呪術師にさせようとしても無駄だよ。』

「うーん。分からないかなあ。時間の無い僕がわざわざデートに誘ってる段階でお察しでしょ普通。」

『はい?』

「だからね、君は僕にとって特別な存在な訳。昔から。
どうする?呪術師になる気も無さそうだしこの際だから結婚でもしとく?
超優良物件だと思うよ。僕。」

あまりに普通に言って来るものだからグラスを落とすかと思った。ぽかんと開かれた私の口が閉じようとしてくれない。何がこの際なのだろうか。どうせいつもの軽口だろう。
そう思うのに五条悟という男に抱いた蓋をしていた気持ちがボロボロと溢れ出してしまいそうになる。私も昔から、なんて言おうものなら多分嘘ーとか言ってゲラゲラ笑われるに違いない。この人はそういう人でもある。

『そもそも付き合っても無いよね。私と五条君。』

「あー、そうだっけ?まあそんな事はどうでもいいじゃない。それに名前もさ、僕の事好きでしょ。」

『……は、い?』

「認めちゃいなよ。楽になれるよ。
僕は言っちゃって凄く楽になったけどね。苦しかったから、今まで。」

五条君はそう言って私に手を伸ばして頬を撫でる。
愛おしいものに触れるような表情をしながら。バレていたのか、とか恥ずかしいという感情よりも今はとにかくこの人は狡いという思いの方が勝ってしまう。
私は、手を振り解く事は出来ないし今考えているのはもっと触れて欲しいなんて言う事だけだった。苦しかった、なんて何もかも持ってる五条君が言うのは狡い。
もう蓋は壊れてしまった。

「名前、好きだよ。あまり伝わって無さそうだからさ。
これから僕がどれだけお前の事好きか教えてあげるね。」

頼むから、今まで見せた事のない顔をするのは辞めて欲しい。
自分を止める蓋もブレーキも壊れてしまった。
私は数年ぶりに青に落ちて行く。
言い訳の余地無く、私は五条君が好きなのだから。

end






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