*ハッピーエンドとは言い難い小説です。同級生のお話



私は、あの日。夏油君が居なくなった日、夜蛾先生からその話を聞いても信じられなかったというより未だに夢を見ているようだった。寧ろ今私の前で夏油君が居なくなった日々が何事も無く繰り返されて居る方が夢のようだ。涙は不思議と出やしなかった。涙が出てくれた方が楽になれると思っては夏油君が「名前」と呼ぶ声や表情を思い出せば思い出す程現実の方が虚構のように感じられて涙は一滴も出てくれない。
硝子にかなり痩せたな、って言われたけどそれすら他人事のように感じた。
もう私を優しい声で呼んで、微笑んで、私に触れてくれる夏油君が居なくなった。
私は宙に浮いてしまっているような身体を引きずるように毎朝起こしては、ほぼ考えも無いまま高専に向かう。そして時折来る任務で呪霊を祓い、またそれを繰り返した。

夏油君にとって、私はその程度の存在だったのだろうか。一つだけ空いた席を見て考えてみても何の回答も返って来ない。確かに私達は付き合っていた筈だった。
特別な関係で特別な人だった。少なくとも私の中では。
だけど夏油君は私も、親友だった五条君の事も置いて消えてしまった。
許される事ではない大罪を犯して。
もしも、何かしら相談してくれてたらとか考えたけれど何も私に言う必要性も意味も彼には無かったのだろう。彼の変化に何一つ気付く事さえ出来なかった私では役不足だから。



任務も無い休日、私は『気晴らしに行って来る』と高専を出て電車を乗り継いで人混みの中に居た。一度夏油君にどうしても行ってみたいと言って一緒に出掛けたカフェに向かっていた。そうして思い出を辿る事で消化するしかない思い出を消化しようと思ったからだ。生きて行く力も失いそうでも生きて行くしかない。胸に空いた穴が塞がらなくても。
そう思ってカフェに入るけど今の私は独りだ。
雑誌にあったオシャレなカフェは以前夏油君と来た時のままであの時の記憶が鮮明に蘇る。甘ったるいドリンクを注文してそれを口に含んだら、苦く感じて苦しい。
まだ消化なんて出来ない。寧ろきっと一生出来ないんだろう。
そう思った時に不意に懐かしい香りがした。対面の席には居なくなった筈の夏油君が座っているのに気付いた私は言葉を失った。
あんなに会いたかったのに言葉が出て来ない。

「名前、久しぶりだね。少し痩せたんじゃないか?」

『…げ、と…うくん…』

あまりに自然に私の前に座るから、何でここに居るのとか、どうしてあんな事したの、とか沢山聞きたい事も言いたい事もあった筈なのに言葉が喉の奥でひゅうっと途切れる。
数か月ぶりに会った夏油君はただこうして目の前で見ていても以前と変わり無いように見える。だけど彼は変わっているのだ。本当ならば、私には難しいだろうけど夏油君と敵対しなくてはならない。なのに身体がぴたりとも動いてくれない。
そんな私に夏油君は涼しげな表情を浮かべて私を見つめる。

「名前に会いに来たんだよ。」

店内でさっきまで聞こえてたBGMも周りの声も全く聞こえずに夏油君の透き通ったような声だけが聞こえる。

『…私の事置いて…消えちゃったのに…そんな事言うんだね。』

「軽蔑したかい?私の事。」

『軽蔑、しようとした。』

「名前らしいね。」

だけど出来なかった、私の中にある思い出がそれをさせてくれなかった。
憎んで、軽蔑して、完全に心の中で決別しようとなんて何度もした。
だけどほら、夏油君を目の前にしたら出来やしない。
嘘だったと言って欲しい。私の事を特別だと言った事も大切にしたいと言った事も全部、全部。

『夏油君、何で私の事は連れて行ってくれなかったの?』

「どうしてだろうね。名前には綺麗で居て欲しかったからかな。」

『今最低な事言ってるって分かってるよ、だけど連れて行ってくれるか。
消して欲しかった。私の事を。こんなに、苦しいなら。』

「そんな事言われたらこのまま連れ去りたくなっちゃうね。今の私にそんな事を言わない方がいいんじゃないかな。」

『……』

夏油君は今きっと嘘は吐いてない。私が手を伸ばせば、一緒に行きたいと言えば連れ去ってくれるんだろう。捨ててしまえばいい。今持ってるもの全部。そして一緒に地獄に落ちる事だって今なら出来る。これは確信だ、これを逃せばきっともう夏油君とは会えない。
だけど私は子供だった、夏油君みたいに確固たる決意もなければ決断も出来ない。
ああ、捨てられないのだ。私が捨てられないのは今の夏油君との未来じゃなくて過去の夏油君との日々だ。


『夏油君、私今から夏油君の事呪うね。

ずっと、夏油君の事愛してるよ。』


なんて私は醜いんだろう。
手を取る事も出来ずに、夏油君にとっては薄っぺらすぎる言葉で重すぎる愛という呪いの言葉を吐いた。
その瞬間、今まで溢れて来なかった涙が勝手にボロボロと零れて行くのが分かる。
視界に移る夏油君の表情がぼやけて見えづらい。
ずっと、愛してる。忘れられないから、そしてこれからもそれは不可能だから。
夏油君がこの言葉に縛られて生きていけばいい。私は歪んでいるのかもしれないけど、これが私の現実なんだ。
ぼろぼろとただ涙を流す私に夏油君は確かに以前と同じように微笑んで言った。


「私も名前の事をずっと愛してるよ。」


ありがとう、夏油君。そう言おうとした瞬間に夏油君は席を立った。
私は確かに彼を愛してた。これからも愛してる。
夏油君にかけられた甘くて苦しい呪いは確かにずっと私の中に残るのだ。
それだけでこれからも生きていける気がした。




零れた涙は真珠となり、君を愛した証になる



end お題「溺れる覚悟」様より



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