「名前にお土産を買って来たんだ。」

そう言って傑は私の部屋に入って来た。『皆へのお土産じゃないの?』と聞くと「うん、名前のだけね。」そう言って私の隣に座る。
多分傑の事だから、私用って事で他の皆にもお土産自体は持参してるんだろう。
私の隣で上機嫌に微笑む傑に、ふざけて肩に頭を乗せてみた。

『お土産ってなあにー?』

「これ、名前欲しがってただろ。」

そう言って差し出されたのは、小さな箱だった。私そんなもの欲しがってたっけ?と思いながら受け取り箱を開くとシンプルな指輪が中に梱包されていた。
ああ、思い出した。確かに言ったのだ。暇つぶしで読んだ漫画の中で指輪というものが、例えば歳をとった時、自分の姿が今から想像つかない位老いていたとしてもその指輪だけはそのままもらった時のままの輝きを放ち続けるという話でそれにあこがれて傑に話した事はあった。

『…ありがと。嬉しい。』

そう言って指輪をケースから外して何となく、漫画と同じように自分の薬指につけようとした。まあ、サイズなんて合わないだろうななんて思いながら。そうしたら少しだけサイズ感が大きいものの、割とぴったりしたサイズ感でどこか嬉しくなる。

『これってここに着けていい感じ?』

「うん、そうだよ。サイズ大丈夫だった?」

『ちょっとだけ大きい。』

「じゃあ今度直しに行こうか。私のはサイズピッタリなんだけどね。」

そう言って傑は自分の左手を私にひらひらと差し出して見せる。
傑の左手薬指には確かに私と同じデザインの指輪がぴったりと収まっていた。
何だかそれに嬉しいような気恥ずかしいような気持ちになる。

『傑ってさ、こういう事しないと思ってた。』

「何で?」

『何となくだけど、ペアリング?みたいなの好きだと思って無かったから。』

「ペアリングじゃないよ。」

そう言って私の髪に手を伸ばしてそっと撫でて目を細めて傑は笑った。
いや、ペアリングでしょうよ。って思ったけどどうやら違うらしい。
期待して損をした気持ちになってしまったじゃないか。まあ元々傑はそんなものに興味がありそうかと言われるとそうでは無いからこんな返しが来るだろうなとは思っていたんだけど。

「結婚指輪だよ。」

『え?誰と誰の?』

「私と名前の。」

ちょっと落胆していた私に対して傑はさらりと斜め上の事を言ってのけた。しかもあまりに当たり前の事を諭すかのように言って来るものだから口がパクパク開いたまま閉じようとしない。

「あはは、何でそんな顔してるのかな?」

『結婚なんて私達してないよね?』

「今はね。だけど名前が欲しがってた指輪の話も結婚指輪の話じゃなかった?」

『確かに漫画ではそうだったけど。今はねって何?』

「んー、私も、名前も何があるか分からないだろ?
明日生きてるかどうかも保証も無いしね。だったら今真似事でもいいからしておこうかななんて思ったんだよ。」

『まあ、そうなんだけど。』

「ただ、私の名前で、私だけの名前であって欲しいって言う願いかな。
そんな所。」

そう言って私の左手を取って指輪をしているところに傑は唇を添えた。
まるでおままごとみたいだな、と思った。指輪自体はとてもしっかりしているからそれなりのものなんだろうけど、二人きりで。二人だけの場所でこんな事をしても私の苗字は今すぐ夏油になる訳でもない。だけど、私はその指輪がただ嬉しかった。
傑がどんな顔しながら選んだんだろうとか考えただけで愛おしい。

『傑って独占欲強いよね。』

「何?今更?」

『私も結構強い方だよ。』

「独占欲の強さで言えば私には勝てないと思うよ。
だって君が思ってるよりずっと私の感情は重いからね。
ただ全部言わないだけ。」

傑の言葉が本当だとしたらその気持ちで閉じ込めて貰いたいくらいだ。
私はその檻の中に居て傑の指輪をずっとつけていたい。
そんな事を考えて傑に自分からキスをした。
そうだなあ、あの漫画みたいに。例えば私が歳をとって今と全然違う姿になってもきっとこの指輪はこのままだろうし。
例えば死んじゃったとしても指に残って居ればいいななんて思ってる。

『明日からふざけて夏油ですって名乗ろうかな。』

「うん、そうしてみようよ。」

『しません。』

「本気かと思ったじゃないか。夏油名前ですって名乗ってよ。」

『ふふ、気が向いたらね。』

そう言って笑って私は指輪を右手で撫でた。
一生この指輪でお互い拘束しあえたらいいのにね、なんてね。



end お題「溺れる覚悟」様より





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