春、私は彼と一緒に居たいと思った。 夏、私は彼の事を愛おしいと思った。 秋には、もう彼が私の中に浸透して。冬には彼が無くてはならない存在になっていた。 それから春が過ぎて、また夏が来た頃。 悲しい程彼の事を相変わらず愛していたけれど、私の中にしみ込んだ水分はどんどん溶け出しているのを感じていた。 静雄と二人で、彼の部屋に入ると密閉された熱気がぶわりと広がって思わず二人で顔をしかめた。 急いで静雄がエアコンを入れながら、煙草の火をつけて一言だけ暑いと呟く。 エアコン、相変わらず効きが悪いね。そう言うとそうだな。静雄はそれだけ私に返して冷蔵庫の中からジュースを私に差し出した。 静雄は私が来なくても、律儀に私の好きなジュースを部屋にストックしている。 きっと今冷蔵庫には結構な数のジュースが突っ込まれているんだろうな。 そんな事を思うと冷蔵庫の中を覗く気にはなれなかった。 私がこの部屋に来るのは久しぶりだ。だから7つは私専用のストックがあるに違いない。 一週間ぶりだっけ。結構時間空いたな。 そんな事を思うけれど私達の年齢のカップルでは会う頻度はそれが標準かもしれない。 だけど以前はここにほとんど入り浸ってた事を考えるとやっぱり久しぶりなのだ。 『ねえ、静雄元気だった?』 「まあ、それなりに。名前はどうなんだよ。 相変わらず忙しいのかよ…仕事。」 『うん、今日久しぶりの休み。』 そう言って静雄の首に手を回して私は彼に抱きついた。 少し汗ばんだ静雄の肌が何だか色っぽいなんて他人事のように思う。 久しぶりの休み、そう言ったのは嘘だ。 最近私が静雄によく言う忙しい、それは少しは本当で少しは嘘。 私は、最近そうやって静雄を無意識に避けてしまっていた。 多分静雄はそれに気付いているんだろう。だから、そんな事を聞いたに違いない。 背中の方へ手を滑らせて強く抱き締めると、二人の体温が合わさって効かないエアコンの効果も相まって暑い。 じりじり、焼けていくような感覚。 これが昔はもっと違う感じで焼けるような感じがあった。 この世にまるで二人きりみたいに感じられて。 そんなの錯覚なんだけど。でも、それが私にとっては本当だった。 だけど今はどうだろう、静雄に目を見られたくなくて抱きついているんだから私は狡い。 「なあ、今日は泊まってくだろ?」 『…うん。』 「…会いたかった。」 静雄はそう言って初めて私の背中に手を伸ばした。何か動物でも愛でるように背中を何度も撫でながら、 静雄は私の感覚を確認しているようだった。 ほうら、じりじり焼ける音がする。 ねえ、静雄。静雄も気付いているんでしょう?私達の距離が遠い事。 静雄の事何一つ嫌いになんかなってないのに。 静雄もこんなに私の事好きで居てくれてるのに。 一度吸い込んだ水が溶け出していっている。 それは、元に戻らない。それを知っているんでしょう? 静雄も。 だからそんな、確認するんでしょう。それが本当かどうか。 『ねえ、静雄。キスしよ。』 そう言うと返事もなしに、静雄は身体を離して私の顔に手を添えて何度も何度も口付けた。 こんなに暑いのに、酸欠になっちゃうじゃない。 ほら、脳みそが酸素を欲しがってる。思考回路がどんどん麻痺していく。 こうなったら、まるで動物みたいに求めてくる静雄が愛おしい。 本当に、愛おしいんだよ。だけど、ね。どんどん溶け出してる。 何があったわけじゃない。今触れている男が愛おしい。それだけだったの。 今だってその筈なのに、今はそれだけじゃなくなっている。 蕩けていく脳みそとセットで冷えていく心をどうすればいいの? 静雄が唇を離した瞬間、一気に二酸化炭素が口から溢れ出した。 酸素が欲しくて、大袈裟な息をしてしまうのは自然な反応なのだろう。 あ、エアコンが効いてきた。 『ねえ、静雄。好きだよ。』 「…何でそんな顔して言うんだよ。」 『面白い顔でもしてる?真剣なのになあ…』 「いや、そうじゃねえよ。なんつうか、泣きそうな顔してる。」 『まさか。』 「なあ、俺と居ると辛いか?」 ふいに静雄がそんな事を言うから、本当に泣きそうになってしまった。 違う、違う。静雄と居ると辛いんじゃなくて。 一緒に居れば居る程私達の作ってきたものが崩れて行くのが悲しい。 そして全て崩れ落ちるのが、きっとあと少しだから。 だから悲しい。 そんな私の中の自分でも処理しきれない事を。話す事なんて出来ないじゃない。 『辛いわけないじゃない。』 「…わりぃ。変な事聞いて。 困らせたいわけじゃなかったんだよ。 なあ。名前。もたれていいか?」 『全然いいよ。』 「重いかもしんねえけど。」 そう言って静雄は私の胸元に頭をそっと預けると完全に身体を脱力させてしまった。 今度は私が静雄を確認するように、金色の髪にそっと触れていく。 まるで小さな子供の頭を撫でるように優しくゆっくりと指を滑らせていけば、 何か変な感じだななんて静雄は笑った。 『静雄髪痛んでるねえ。』 「適当にしてっからな。」 『うん、でも好きだよ静雄の髪。』 「…なあ、名前、俺さ。 本当に、お前が居ないと駄目なんだと思う。」 そう言った静雄の肩が少し震えた気がした。 私はそれを見ないふりをして静雄の髪に指を滑らせ続けた。 ねえ、静雄。私もそうだよ。静雄が居ないと駄目だよ。 前の冬に感じた事は何一つ間違ってなんかいない。 だけど、どうしてだろう。 私のお腹の底が冷えていくんだよ。 『…ねえ、静雄。エアコン消そうか。』 「あっちぃだろ。」 『うん。暑いだろうね。でもね、もうさあ。 汗まみれになってさあ。そんでぐちゃぐちゃになりたい気分。 溶け合えそうじゃない?』 そう言ったら静雄が私の胸元に顔を埋めたまま、テーブルの上のエアコンを取ってスイッチを切った。 もう今はさ、触れようよ確認しようよ。 それで虚しくなったとしたらそれまで。 だけどそんな現実まだ見たくないでしょう? だから一緒に居よう。このままドロドロになって溶けようよ。 そして身体が冷えた頃、私達は虚しい感情を抱える事になると知っていても。 心のずれは、一度生じたら埋まらないんだよねえ。 そうあの男は言ったけれど、足掻くくらい構わないでしょう? 「名前、愛してる。」 そう言って静雄が身体を起こして、私を押し倒した。 ねえ、静雄。 夏が終わったら、私達はどうなるんだろうね。 そんな事を呟いたら、静雄はいつもより優しく私に触れていく。 ねえ、静雄。もっとさあ。もう何も考えらんないくらいにしてくれていいのに。 助けてよ。お願いだから、ワケわかんない私から助け出してよ。 今触れてるのが最後にならないように。 end 「情熱 UA」 |