*微裏表現がありますのでご注意を 『ねえ、零。アイス食べる?』 「…いいよ、名前だけ食べたらいい。 大体、この部屋寒いのによくそんな気分になるね。」 『寒いから、だからかな。』 狭い私のワンルームのマンションで私達はそんな会話を繰り返していた。 零が言う通り、本当に肌寒い。階が上の方だからという理由もあるが、少し年代物のマンションは すきま風が結構入り込んで来る。 そういえば先日は零に身体が冷えるよ、と私の薄着を注意されたっけ。 零と部屋に居る時私はまともに衣服を身に着けない。 キャミソールと下着。それだけで過ごす。 確かに肌寒いけれど、この方が零が触れやすいかな。なんて安直な理由だ。 そして隣にくっついて座った時に感じる感覚が生っぽい。 それが好きなのだ。零は普通に服を着ているけれどそれでも彼の感覚を感じる気がしていた。 呆れ顔の零を見ないフリをして冷蔵庫から小さなアイスのカップを取り出した。 そして零の隣に座って金属のスプーンで白い氷と砂糖の塊を掬う。 口に運ぼうとした時に、零がふいに私からスプーンを奪い取って私の口に放り込んだと思うと突然キスなんかしてくるものだから、私が手に持っていたアイスは床へ落としてしまった。 『っ…はぁっ…』 「生温いね。」 『やだ、零。アイス落としちゃった。』 「うん、後で片付けようか。」 潔癖っぽい零がそんな事を言って私を押し倒したものだから、私は嬉しくて気を失いそうになっていた。 何でかって言われたら理由は単純だ。 彼が考えている事の重要な部分の今の所の一位が私だって事。 零の首筋に手を這わせると少し低い零の体温が心地良い。 ふいに横に視線を向ければ横を向いて転がったアイスが熱で溶け出してフローリングにしみ込んで行っているのが見えた。 ああ、もうどうでもいい。 ねえ、零知ってる? 私は想像以上にあなたを気に入っているという事を。 『零、好きだよ。』 「俺も。ねえ、名前。君は少し変わってる。 って言われない?」 『…さあ、言われたかもしれないし言われても忘れたかもしれない。』 「名前は俺が誰だか、気にならないの?」 『宇海、零。でしょ?まさか偽名?』 「いや、本名だよ。」 『なら、それでいいよ。それ以上はいらないし。 それ以下の事なんてどうでもいいよ。 私は零が居たらそれでいい。』 そう言うと零は少し悲しげな表情を私に見せたかと思うと、それを隠すように私に覆い被さった。 零が言いたい事は何だったんだろうか。そんな事を考えてみるけれど分からない。 私は彼が何者でも良かった。例えばとんでもない悪人だったとしても善良過ぎる程の人間でもどちらでも良かった。 優しく私の身体に手を這わせる零の背中に手を回して、私は横に転がっていたアイスをつま先で軽く蹴った。 汚れて染みになればいい。 今ここで零が私にしてる事が証拠に残るように。 あれからやっぱり零は時々私の所に現れては難しい話をしたり、 優しく触れたり。そんな事を繰り返した。 そんなある日の事だった。 零が突然、苛立つような素振りを見せたのは。 私はそれに驚く事は無かった、この人はきっと繊細なんだろうなと漠然と思っていたから。 そうじゃなかったら、こんな風になったりしない。 零の情緒不安定な所も私は気に入っていたのだ。 その日、零は言った。 「ねえ、俺はさ。何やってんだろうな。」 『ここに居る事後悔してるの?』 「そうじゃない、俺自身の問題。 名前は、このままで居てよ。それが一番嬉しい。」 そう言って私にキスをして一緒に眠った後。 零は消えてしまった。 まるで最初から居なかったみたいに、部屋には一切零が居た痕跡が残って居なくて。 最後に聞いた言葉がもうここには来ない事を告げていた事に気付いた。 死ぬ程胸が痛かった癖に私は零が消えてから一度も涙を流さなかった。 綺麗にした筈のフローリングに少し染みが残っていてそれを指先でなぞる。 そして私は零が居た時のように薄着で部屋を歩いてまた同じアイスクリームを冷凍庫から取り出した。 宇海零。彼は本当に存在していたのだろうか。 そんな事を時々思う。甘ったるいアイスを口に運びながら考えても答えは見つからない。 よくよく考えてみれば彼自体実体なんて無かったのかもしれない。 じゃあほんの少し前まで私の部屋に居た彼は?私に触れた彼の手の少し冷たい感覚は? 今になってみれば分からない。 ただ、時々思うのだ。 ふらりとまた突然私の部屋に現れるんじゃないかって。 まるで猫が渡り歩くみたいに。 零は、ここに来た事で何かを得られたのだろうか。 だから、去ったのだろうか。 だけど、私は取り残されたままで馬鹿みたいに同じ事を繰り返している。 私にも何か頂戴よ、そう一人で呟きながら彼の顔をぼんやりと思い出していた。 end うそつきレノン サンタラ |