向いに座ってる名前さんに、手を伸ばせばいいのに何故か出来ない俺はどうしちまったんだろう。
普通にすればいいじゃん。手伸ばしてさ、前まで他の女にしてたみたいに好きとか言って適当に。
それで他の女は馬鹿みたいに嬉しそうな顔して俺に同じ言葉を返して来る。
けど、名前さんは違う。
俺に、その言葉さえ言わせてくれない。
全部はぐらかして、流して。


『ねえ、赤也。どうしたの?ボーっとして。』

「…いや、この後どこ行こっかなーとか考えたッス。」

『もしかして退屈?』


そう言って困った顔をして首をかしげて俺の顔を覗き込む名前さんは俺が絶対そんな事を思ってないのを知っていて聞いて来る。
大体、今日会う約束取り付けるのだって簡単な事なんかじゃなかった。
必死で何回もメールして、電話して。
何度も適当にはぐらかされて、ようやく取り付けた約束だってのに退屈なわけがあるわけが無いし。
この人は知らねえんだよ、俺はアンタと会えたらどこでだっていいって。


「全然退屈じゃないッスよ。ただ、名前さんに楽しんで欲しいなーとか考えてただけで。」

『私は赤也と居るだけで楽しいから、そんな風に言ってくれなくていいのに。
でも、嬉しいな。』


ほら、大体今までの奴はこうやって言えば大抵は本気で喜んでくれたんだよ。
けど名前さんは違う。そんな事を言いながら多分半分本心で半分は嘘だろう。
だって退屈に決まってる。
遊びましょーよって言った癖に適当に入ったファーストフードの店でだべってるだけ。
けど今みたいな遅い時間にあいてる楽しい店なんてねえし。
結局これしかない。
カラオケ行ってもいいけど、そんなんだったらちゃんと顔見てたい。
そんな事、この人は望んでないだろうけど。


「…とりあえず、出る?」

『そうだね、赤也そろそろ電車無くなる時間だしね。
明日も、学校でしょ?』

「…んなガキ扱いしないでよ。」

『そうじゃないよ、心配してるだけ。ね?』


そう言ってトレーを持って立ち上がった名前さんに最後の抵抗で立ち上がらないでいると、
ご丁寧に俺のトレーまで持って片付けだされたもんだから仕方なく俺も立ち上がって店を出た。
店の外にある間抜けなマスコットキャラ見たら余計虚しくなっちまって、何て言ったらいいか分からなくて。
ガキ扱いすんなって言ったけど俺はやっぱりガキだ。
例えば丸井さんだったらもっと気の効いた事を当たり前に言ったりするんだろーなとか、思ってみるけど結局俺は俺で。

自分の不甲斐なさに俯いていると、ふいに名前さんが俺の頬に手を添えて下から軽く触れるだけのキスをして来た。
突然の事で、手を回す事さえ忘れていると軽く音を立てて唇を離した名前さんは意味ありげな顔で笑った。


『すねないでよ。かわいくて帰したくなくなっちゃう。』

「…じゃあ、帰さないで下さいよ。
っつうか、俺アンタの何?」

『いきなり変な事言うんだね。私赤也の事好きだよ?
赤也は?』

「好き…ッスよ。」

『うん、そうだよね?だったら、それでいいじゃない。
ね、手繋いでかえろ?』


ほら、こうやって言わせてくれないんだろ。
キスとかしたり、こうやって指絡めて歩くんなら、彼氏彼女になりましょうよって。
その言葉さえも言わせてくれないんだから、俺はどうしようもない。
ねえ、名前さん。俺、アンタに会えない間アンタの事ばっか考えてんだよ。
マジで変になりそうだ。
どうにかしてくれよ。アンタにしか出来ない事なのに、してくれねえじゃん。

気が付けば俺が乗るべき電車が来る駅の前に来ていて。
ふいに名前さんがまたねなんて軽く俺にキスをする。
そうやって、俺に何も言わせない気だって事を知りながらも名前さんの背中に手を回す俺は馬鹿だ。


『赤也、またね。』


そう言って立ち去る名前さんは、きっと次会った時も言わせてくれないだろう。
俺の本音の半分も。
けどさあ、癖になって仕方ねえんだよ。
アンタの事が。
だから、多分また俺はアンタに会うんだろう。

いつか、この女が俺の事に必死になって泣いてるとこが見てみたい。
そんな事叶わないのを知りながら後ろ姿を見送った。
俺で好きに遊んだらいいよ、もう。
俺はそれに乗るしかねえんだから。
飽きるまで、俺のワガママに付き合って。


end
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