Eden



道場の稽古を手伝った、三ヶ月分の小遣いは、たった今シンプルなリングに換えてきた。かつて稼いでいた額とは比べ物にならないくらい微々たる収入だが、この方が身の丈に合っている気がして、そう悪くはない。


「どうしたの、イタチ」

家のチャイムを押すと、なまえはすぐに出て来た。共働きのなまえの両親がこの時間にいないことはわかっていたが、なんとなく、ほっとする。変わらない、なまえの態度にも。俺は緊張を解すためにいつもよりも深く息を吸って、ポケットからリングケースを取り出した。

「卒業したら、結婚しないか」

なまえは何度かぱちぱちと瞬きをして、俺とリングに交互に視線をやる。あの時も、面の下でこんな顔をしていたのだろうか。だが、押し黙ったままのなまえは、あの時と違い、頷いてはくれない。

「……ばか、じゃないの」

ようやく絞り出すように発された言葉は、震えていた。なまえは、呆れたときによくする表情で笑っている。不器用な笑顔だ。しかし、そのへたな笑顔は、嫌いじゃない。

「おかしいな、俺には、愛してると言われているように聞こえる」

ドアの枠を越えてなまえに近づいても、避けられなかった。元から俺のことを避けてなどいなかったのだから、当然かもしれない。それをいいことに、俺は勝手になまえの薬指にリングを通して、傷ひとつないその手を握る。

「ばか」

なまえはもう一度そう言ったけれど、俺にはやっぱり、愛してるとしか聞こえなかった。
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