幼馴染みのみょうじなまえと俺は、双方の親曰く、生まれたときからの仲なのだという。言われてみれば生まれた直後以外の写真には必ずふたりで写っているし、物心ついたときにはもう、俺の隣にはなまえがいた。他人と言って構わないくらいの血の繋がりはあるらしいが、そんなものがあろうとなかろうと、俺となまえの関係は変わらなかっただろう。
「おはよう」
制服のスカートをひらりと揺らし、なまえは言った。軽やかにアスファルトに着地したローファーは、微かな音すら立てない。そのことに俺が気づいたのは、いつだっただろうか。学校や俺の家族の前では、きちんとなまえの足音はある。ただ、俺とふたりだけのとき、本当にたまに、なまえの足音はなくなる。あたかも、そちらの方が自然であるかのように。
「ああ、おはよう」
挨拶を返して歩きはじめる俺に続いて、なまえも歩き出した。隣からは、何の変哲もない、ぱたぱたという足音がする。
一緒に登校し、一緒に昼食をとり、放課後は一緒に生徒会室で仕事をし、一緒に下校。同い年の幼馴染みということもあってか、俺がなまえと過ごす時間は家族よりも多い。かといって会話が多いということはなく、俺はさっきまで読んでいた各委員会の議事録について考えていた。この時期はどの委員会も新体制で活発に動き出すので、生徒会の仕事も増える。活動計画に目を通したら、早めに予算案を整理して配分を決めなければなるまい。
「そんな難しい顔してたら、そのうち胃に穴が開いちゃうよ」
不意になまえがそう言って、俺の眉間をつついてきた。花壇のチューリップを眺めていると思っていたのに、不思議と目敏い。
「それは困るな」
「そうだよ、大好きなお団子も食べられなくなるんだから」
道端に生えていたタンポポの綿毛を飛ばしているなまえの横顔がどこか寂しげで、それから家に着くまでの間、俺たちは一言も話さなかった。学校と家とはそう離れていないから、ここから五分も歩けば俺の家に着く。三軒向こうが、なまえの家だ。
「ねえ、イタチ。……今日も幸せ?」
「そうだな、今日も幸せだ」
「そっか、よかった」
また明日ね、となまえは自分の家に入っていく。どうして、幸せかなどと尋ねてくるのか、俺にはわからない。記憶にないくらい昔から、なまえはそうなのだ。そうして俺が幸せだと答えると、ふわりと笑って家に入る。それは答えに満足したからであり、きっと俺の追及を避けるためでもある。だから俺はいつも、その質問の意味を聞き損ねてしまうのだ。さいわいにも毎日は幸せで、幸せではないと答えたらなまえはどうするのか、俺は知らないままでいる。