Eden



とりあえずこれでも食べてて、と出されたよく味の染みたダイコンの煮物を口に放り込みながら、着実に餌付けされてるなぁ、としみじみと思う。ヘリペリデスファイナンスのヒーロー事業部に所属するみょうじなまえさんは、その名前からもわかるように生粋の日本人だ。いつだったか、たぶんまだヒーローとしてデビューしたばかりだった頃、3食コンビニで済ましていることを知られてから、昼と夜はたいていなまえさんが作ってくれる。朝だって、前の日に少し多めに作った晩ごはんのおかずを持たせてもらって、それを食べているのだから、実際のところ食事はほとんどなまえさんの手料理だ。たまに、なまえさんの仕事が忙しかったりして作ってもらえないときもある。そんなときは以前のようにコンビニで買うけれどそれはなまえさんの料理の味に慣れてしまった僕には物足りないものだった。

「なまえさん」

ぴんと背筋の伸びた後ろ姿に声をかければ、シンプルなエプロンをつけたなまえさんが振り返る。その間も手は止まらずに、醤油を大胆に鍋の中に投入していた。計量なんてされていない醤油は、それでも絶妙な味をつけるのだ。

「ごめんね、もう少しでできるから」

なまえさんは、きっと僕が待ちきれずに彼女のことを呼んだと思っているのだろう。もう、何度もこんな会話をしたことがあるから、わかっている。そこで本当に言いたいことが言えなくなってしまう僕が悪いけど、なまえさんの鈍感さも、たいがいひどいと思う。そして今日も、僕はなまえさんに好きだと言えずに、この家を去るんだ。そう思うとなんだか悔しくなってきて、料理をしているなまえさんのエプロンを、後ろから引っ張ってみた。刃物は持っていなかったから、大丈夫。

「どうしたの?イワンくん」

不思議そうな顔をして首を傾げるなまえさんは、やっぱり可愛い。仕事をしているときのかっこいいところも好きだけど、僕しか知らない家でのなまえさんはもっと好き。

「なまえさん、僕、なまえさんのことが、好き、です」

やっと言えた一言に、返事も聞いていないのにほっとする。そうして長い沈黙のあと、真っ赤になったなまえさんが小さな声で、私も、と言ってくれたから、僕はもう、とても幸せだった。その肩の向こうで鍋が焦げそうになっているけど、今は教えないでおこう。焦げたって、僕が全部食べればいいんだから。
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