Eden



手元にある最後の書類にサインしてペンを置くのと同時に、ノックの音が響いて、最近配属されたばかりの部下がひょこりと顔を覗かせた。

「よかった、丁度休憩ですか?」

入室許可をだしてやると、ドアに隠れて見えなかったトレイと一緒に入ってくる。その上には、湯気をたてる紅茶とクリームが添えられたシフォンケーキ。初日に持ってきたパウンドケーキを何気なく褒めてから、毎日3時頃になると届けられる紅茶と菓子は、どれも彼女が自分で用意したものだ。お菓子作りと、紅茶をいれるのが趣味なんです、とはにかむように笑った彼女は驚くほど純粋で、白い色をそのまま人間のかたちにしたらこうなるのではないか、という馬鹿げた感想すら抱いた。こんなことよりも仕事をするように言おうにも、彼女はすべての仕事を終えてから来るのだから、その行動を咎める理由はない。休憩時間を自由に使う権利くらい、司法局は認めている。そして私も、その権利を存分に行使して、ティータイムと洒落込むのだから。

「アールグレイは、シフォンケーキと相性がいいんです」

書類を片づけて空いたデスクの上に、ティーセットが並べられていく。趣味だと言うだけあって、彼女は紅茶をいれるのが上手いし、知識も豊富だ。甘すぎないシフォンケーキにクリームを絡めて口に運び、そのあとに紅茶を飲めば、確かによく合う。

「今日も美味しいですよ」

そわそわと落ちつきなくこちらを気にする彼女にそう伝えれば、ほっとしたように息を吐いて、とても嬉しそうに笑った。まだ少女らしさの残る、大人という枠に嵌まりきれない不器用さが、好ましいと思う。願わくは、ずっとそのままであってほしいとも。しかし、そんな大人の身勝手さなど無関係に、彼女もまた、否応なしに大人になっていくのだろう。執務室から出ていく小さな背を見送りながら、そんなとりとめのないことを考えていた。
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -