Eden


「あれ、三上じゃん」

明らかに今まで飲んでいました、という様子のかつての友人が、歩道のガードレールに腰かけている。横目でちらりと彼の正面にある店を確認すると、有名人御用達との噂の個室居酒屋だったので、ここから酔いざましに出てきたんだろう。しがないオフィスレディー、略してOLの私には縁のない店である。

「……お前、もしかしなくてもみょうじか」

たっぷりの沈黙のあとにようやくそれだけ言った三上は、口元だけでにやりと笑った。見慣れた、いや、見慣れていた、顔。

「もしかしなくてもみょうじですよ」

高校を卒業してすぐに三上はプロになったし、私は大学に行ったあとOLをしている。最後に話したのが高校の卒業式だから、だいたい12年振り。たまにテレビで彼を見ていた私はともかく、よくわかったなあと、ちょっと感心する。メイクに手を抜いたつもりは、ないんだけど。

「こんな時間まで仕事かよ」

「そうだけど。三上は戻らなくていいの、誕生日祝いでしょ?」

こんな時間、と言ってもまだ九時前、不規則な私の職場じゃあ、そう珍しいことでもない。それよりも、今日は三上の誕生日だし、仲間内で祝ってもらっていたところではないのだろうか。主役がいつまでも外では、盛り上がりに欠けてしまう。

「お前は?」

「え?」

「お前は、祝ってくれねぇの」

こんなことを言うやつだったっけ。十年を超す歳月は、性格も変えてしまうのかもしれない。恐ろしい話だ。

「あー……おめでとう?」

疑問系になってしまったけれど、気にしなくてもいいだろう。今、気にするべきなのは、何かを要求するように差し出された手だ。しかたがないから、中学生の頃からのお気に入りのアメを二つ、その手のひらに載せてやる。何回か、三上にあげたこともあったはず。

「アメなんかで、ごまかせると思ってんのか?」

三上がにやにやと笑うけど、まさか会うなんて思ってなかったんだ、プレゼントを用意している訳もない。文句があるなら返して、と言おうとしたのに、その前にアメがない方の手で手首を掴まれてタイミングを逃した。

「じゃあ、今日これからのお前の時間、少しよこせ」

ぐいぐいと腕を引かれて、居酒屋に入らされる。突然すぎて、されるがままになってしまった。店の内装は居酒屋だというのにどこか上品で、こんなことでもなければ一生足を踏み入れることなんてなかったんじゃないかと思う。意外と呑気だな、私。

「集まってるのはサッカー部のやつらだし、そんな緊張する必要ねぇからな」

そう言って三上が開け放った襖の向こう、あからさまに目を逸らした現在の同僚でもある近藤と、驚きもしない元サッカー部員たちに、私は何となく図られたことを察したのだった。
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