Eden


けだるげに布団に沈んだ華奢な背中がかすかに震えた。なめらかな曲線に沿うように散らばった髪は艶やかな黒で、微かに梅の香りがする。月に照らされた白い肌を美しいと思うよりも先に、その首筋に噛みついてやりたいと思った。薄い皮膚を食い破って、滲む真っ赤な血を舐めとる想像は、ひどく甘美なものだ。しかし、生憎と俺は理性をなくした化物ではないので、かわりに額に口づけを落とすことにする。稽古でかたくなった手のひらも、傷痕が残るからだも、ずっと前から俺しかみていない目も、どこもかしこも全部ひっくるめてなまえという女が愛おしかった。

「蝦夷地の冬は寒いから、な」

まさか、そんなことを面と向かって伝えられる訳もなく、平静を装ってそう言えば、女らしく細い指が俺の首元をなぞっていく。器量も、気立ても悪くない、剣の才さえなければ、さらに言うなら俺なんぞについてこなければ、相応に幸せになれたはずの女だった。戦場を駆けることもなく、どこかに嫁いで子を成して、女としての幸せを掴めたはずの、どこにでもいそうな女だった。それが何の因果か、転戦の末に真冬の蝦夷地、それもじきに落とされるだろう五稜郭で、俺の腕の中に収まっている。妙な話だ。だが、なまえは幸せだと言った。こいつが俺のために生きても、俺は同じようにはできない。それでも幸せだと笑うのだから、始末に負えない馬鹿だと、いっそ愛する覚悟ができた。

「箱館の春は、どんなもんなんだろうなぁ」

一度しか見ることのかなわないだろうその景色を、なまえと並んで目に焼きつけられたならば、俺も幸せだったと笑えそうな気がした。
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