「ちゃんと掴まったか?」
「バッチリ!」
「じゃあ行くぞー」
「おー!」
カタカタと音をたてて自転車が走り出す。風をきって進むのに合わせて、制服のスカートの裾がはためくから、少し寒い。目の前の広い背中に抱きついて暖をとろうとすると、ペダルを漕いでいるタミヤは笑った。
「俺の学ラン着るかー?」
耳元を通りすぎていく風の音に負けないくらいの声で、タミヤが言う。
「んー……こっちの方がいいやー」
同じくらいの大声で返事をして、学ランの背中に擦り寄った。かたい生地越しにタミヤの体温が伝わってくる。掴まるために伸ばしていた私の手に、タミヤの右手が一瞬だけ重なって、すぐに離れていった。
潮の匂いがだんだんと近づいてきた。波の音も近づいてきたと思ったら、もうすぐそこは海だった。
「ほんとについた!」
自転車の荷台から飛び降りる。タミヤの身長に合わせた自転車は、私にはちょっと高い。
「ほんとに、ってなんだよ」
自転車を停めたタミヤも、私に続いて砂浜に立った。まだ海水浴には早い時季だからか、夕方の海には誰もいなくて、なんだかこの景色が私たちだけのものみたいだ。ローファーとハイソックスをタミヤの隣に放り投げ、私は波打ち際まで歩いていく。ギリギリ湿っていない砂のところで立ち止まり、沈んでいく夕日を眺めた。
「風邪ひくぞ!」
タミヤは立っていた場所から動かずにそう言った。そのとき、一際強くて冷たい風が吹いて、油断しきっていた私の足は見事に濡れてしまった。かかった海水はやっぱり冷たい。これ以上の被害を避けるべく、乾いた砂を蹴るようにタミヤの方へ戻る。呆れられるかな、なんて思いながらタミヤを見ると、ちょうど風で飛ばされたらしい学帽を拾い上げたところだった。
「明日熱だしても知らないからな」
軽く砂を払った学帽を被りなおしながら、タミヤは私が帰り支度を整えるのを待っているようだ。白いハイソックスは丸めてポケットに詰め込んで、まだ少し砂のついたままの足をローファーに入れる。それを確認したタミヤは、仕上げとばかりに自分の学ランを私にかけた。それから、来たときと同じように自転車にふたり跨がって、海をあとにする。寄りかかった背中の温度が、さっきよりも近かった。