くしゃり、草を踏む足音が聞こえた。中庭に人が来ることなんてめったにないのに、どうして今日に限ってと思いながら、慌てて半分だけかじったサンドイッチが入っている包みを片付ける。今は誰とも会いたくなかった。そもそも人と接することなんてそんなに得意ではないけれど、今日だけは本当に、許されるなら残りの授業を放り出して家の布団にもぐりたい。いっそ能力を使って逃げてしまおうかとも思ったのに、それよりも先に足音の持ち主が校舎の角を曲がって現れた。
「あれ、カレリンくんだ」
お昼はいつも教室にいないと思ってたら、こんなところにいたんだ、と彼女は言う。握りしめた手の中、サンドイッチがぐしゃりと潰れた感触がした。
「ちょうどよかった、謝りたいことがあるの。すぐいなくなるから、ちょっとだけ待ってくれないかな」
謝りたいこと。なまえという名前であるということと、同じクラスであるということくらいしか知らない彼女が、僕にいったい何を謝ると言うのだろうか。彼女は気まずそうに視線をさ迷わせている。
「あのね、カレリンくんにヒーローのオファーが来てるって話、聞こえちゃったの。ごめんなさい」
ぐしゃぐしゃになったサンドイッチが手から滑り落ちても、拾うことすら思い浮かばないほど、僕は混乱していた。ヒーロー。僕が、僕なんかが。
「いいよ。……どうせ、断るつもりだったから」
のどがからからに乾いている。やっとのことで絞り出した声は掠れていて、今にも消えてしまいそうだった。
「断っちゃうの?」
彼女がしゃがんで、僕の落としたサンドイッチを拾い上げた。
「……僕なんかがヒーローになっても、足手まといになるだけだから」
目の前の彼女に言っているつもりが、なんだか自分に言い聞かせているみたいだ。握るもののなくなった手のひらに爪がくいこんで、少し痛い。
「変なの。断るための言い訳を探してるみたい」
とっさに俯いていた顔を上げてしまったのは、彼女の言葉が図星だったからなのだろうか。彼女はそんな僕のことをしばらくじっと見つめて、そして、なにかを思いついたようにぱちんと手を合わせた。それと同時に、彼女の全身が青白く光りはじめる。
「これ、あげるね」
発光をやめた彼女の手のひらには、白くて小さい花がのっていた。
「それの花言葉、未来の幸せっていうの」
カレリンくんの未来には、きっと幸せが待ってるよ。それ以上はなにも言わずに、その花をサンドイッチごと僕に押しつけると、彼女は再び校舎の角を曲がって行った。そういえば、彼女はなんのためにここに来たのだろうか。風が吹いて、手の中にある花の控えめな香りが、僕に届いた。