昨日のゆったりとした一日が夢だったかのように、今日もなまえは慌ただしく出ていった。それを見送り、俺はすっかり定位置となった棚の上で丸まる。偶然始まって、もうじき終わるこの生活に、俺は案外と馴染んでしまったらしい。
あくびを噛み殺して起き上がると、そろそろなまえが帰ってくる頃だった。そういえば、結局、まだなまえにおかえりを言えていない。家に帰ったときに出迎えてくれるひとがいるってのは、理屈抜きにいいもんだ。いまの俺は人ではないけれど、おかえりと言ったら、なまえはどんな顔をするだろうか。タイミングは、ドアを開けてすぐがいい。だから、棚を降りて、玄関で待つことにした。
「おかえり」
鍵が回って、入ってきたなまえのただいまよりも先に、俺はおかえりを言った。なまえは目を丸くして驚いている。それから、だんだんと表情を緩めて、破顔した。
「ただいま」
その言い方はひどく優しくて、俺は昨日のようにつつかれた訳でもないのに、なんだかくすぐったい気分になる。こんな顔をしてくれるならば、もっと前から言っておけばよかった。俺のことを抱き上げるなまえの笑顔を見上げながら、そう思った。