Eden



昨日の夜、アパートの一室に俺を放り込んだなまえという女は、浅い器に入った水と、白飯にかつおぶしをかけただけの簡素な食事を床に置くと、自分はベッドに倒れて寝てしまった。そして、朝もまた、同じ内容の皿を置いてあわただしく出て行った。言いたいことが山ほどあった俺の頭を、問答無用とばかりにひと撫でして。ひとり残された俺は、しかたなく床で丸くなる。そのうちに、いつの間にか眠っていたようで、がちゃりと鍵の回る音で目を覚ました。朝日が照っていたはずの外は、気づけばもう暗くなっている。ネコが一日の大半を寝て過ごすというのは本当だったんだな、なんてことを頭の片隅で考えながら、明るくなった部屋に順応すべく瞬きをした。

「ただいま」

なまえはカバンをテーブルに放り投げて、思い出したようにそう言う。それにおかえりと返すべきなのか迷っているうちに、相手は部屋着に着替えようとしていて、俺は慌てて玄関へと逃げ出した。


「そういえば、にゃんこさんってなんて名前なの?」

焼いたサバを口に運んでいたなまえに、今さらのように尋ねられる。塩分はネコによくないとかで、妙に味気ないそれに食いついていた俺は、質問に答えるべく、丸めていた背中を伸ばした。

「鏑木、虎徹だ」

なまえは、カブラギ、とぎこちなく発音しながら、俺と目線を合わせるように床に座る。

「ごめんね、勝手に連れてきちゃって」

予想していなかった言葉がこぼれると同時に、女らしい華奢な手がのびてきて、耳に触れる少し前で止まった。さっきまでの強引さとはうってかわって、ためらうようなその動作に、どうすればいいのかわからなくなる。

「行くあてがあるなら引き留めないけどさ、カブラギさんさえよかったら、人間に戻れるまでいるといいよ」

行くあてが、ない訳じゃなかった。アントニオのところでも、バニーのところでも、どうにかして行けないことはない。けれど、そう言ったなまえの表情が、いつかのバニーになんとなく似ていたから。

「虎徹でいい」

視界の端で、トラ模様のしっぽが、ぱたりと床を叩いた。
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