ひったくりだ、と叫ぶ誰かの声は、シュテルンビルトにおいて、その中でも特にここ、ブロンズステージでは、そうめずらしいものでもない。ヒーローを引退して数ヶ月、復帰を決心してからは数日、久々に訪れたこの場所は、まったく変わっていなかった。一丁捕まえてみせるか、と気合いを入れて、先回りするべく暗い路地を走る。幸か不幸か、ついこの間まで住んでいた付近だ、道はよく知っていた。
結論から言うと、犯人には逃げられた。擦れ違いざまに手をかざされたかと思ったら、からだがどんどん縮んでいき、気がついたときには犯人は影も形もなかった。しかたなく異変のあった全身を見回して、現状を把握しようとしたが、余計に混乱してくる。やけに低い視界、ふわふわとした毛に覆われた全身、俺の意思とは無関係に揺れるしっぽ。
「なっ!?」
今の俺の姿は、紛れもなくトラネコだった。一週間生き延びられるといいな、と言われたからには、一週間後には元の姿に戻るのだろうか。
「それまでどうすっかな……」
なぜか言葉は話せる、だが、この辺りに知り合いはいないし、第一信じてもらえるかも怪しい。途方に暮れてため息をついたとき、突然背後から首根っこを掴まれて、俺はぶらりと宙吊りになった。
「ハロー、不思議な喋るにゃんこさん。あなたはネコになれるNEXTか何か?」
目の前には、ラフな格好をした若い女。どうやら、俺を持ち上げているのは彼女らしい。
「違う!」
力が入らず、抵抗もできないまま、俺はこうなった経緯を話す。
「なるほど、ネコになるNEXTかと思いきや、NEXTにネコにされた人ってことですね」
「そうだ、っておい!」
依然として首の皮でぶら下げられている俺は、そのまま、なまえと名乗った女の家へと連れて行かれた。