Eden


やっと着いた店の前には、すでにトランスポーターが到着していた。呼吸を調えるのもそこそこにスーツを着て、バイクを発進させる。他のヒーローたちは、まだ来ていないらしい。

「虎徹さん、人質の情報とか聞いてますか?」

アニエスさんの指示に従ってバイクを走らせつつ、隣の虎徹さんに尋ねる。情けないことに、事件の現場以降の情報は、まともに頭に入ってきていなかった。

「ん?ああ、確か、レジやってたバイトの女の子だとかなんとか……」

「その女性の特徴とかは!?」

思いがけず荒くなった語気に、自分でも驚く。虎徹さんも、マスクの向こうで怪訝そうな顔でもしているのだろう。なまえさんでなければいい、ほんの数時間前に別れた彼女の姿が浮かんで、すぐに消えた。

「特徴って言われてもな……そういえば、髪がなんか、ブル、ブルドッグ?とりあえず、なんかめずらしい色してるらしい」

「それ、ブルネット、って言ってませんでしたか」

「そうそう、それだ!」

これでまた、人質がなまえさんである可能性が高くなった。シュテルンビルトでは、ブルネットの髪の人はそもそも少ないし、ましてや、そう大きくない店に、何人もいるはずがない。思い切りアクセルを回して、車の間を縫って進む。早く、犯人に追いついて、捕まえなければ。

「なあ、お前、何かあったのか?」

虎徹さんの問いかけに、どう答えればいいのかわからなかった。この人のことだから、僕が焦っている理由を聞いてくるだろうとは思っていたけれど、そんなこと、僕の方が聞きたいくらいだった。なまえさんは、昨日知り合ったばかりで、少し会話をしただけの一般市民だ。どうしてこんなに彼女のことが気がかりなのかなんて、知らない。

「人質の女性、知り合いかもしれないんです」

しばらく迷って、それだけを口にした。パスケースを返したときの、泣き出しそうな顔をした彼女が、また一瞬だけ脳裏をよぎる。

「そっか、そりゃ心配だよな。だけど、大丈夫だ。……俺たちが、助けるんだからな」

「……そうですね」

サイドカーから伸びてきた手が背中に添えられたのは、励ましているつもりなんだろうか。けれど、お陰で肩に入っていた力が抜けた。そうだ、たとえ人質が彼女だったとしても、他の誰かだったとしても、僕たちの仕事は何も変わりはしないのだから。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -